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結局最後は人による

  • 2023年07月20日(木) 12時00分
 昨夜からネットでインボイスの登録申請をしているのだが、上手くいかない。途中からマニュアルとは違う画面になってしまい、さらにブラウザの拡張機能を加えるようにと出てきたウインドウがフリーズし、最初からやり直すことになった。で、さっきインボイス登録センターに問い合わせてみたら、私の申請は受理されていないという。

 e-Taxの受信通知には税務署名と受付番号まで記されているのに、届いていないとはどういうことか。ヘルプデスクに電話しながら再度申請したが、当初のやり方で正しかったことがわかった。

 これでは、便利なのか、かえって面倒なのか、よくわからない。

 今月下旬から来月にかけては、珍しく忙しくなる。

 来週は、馬の画家の斉藤いつみさんの個展に行き、そこでコビさんこと小桧山悟調教師に会う。コビさんとは先週もJRAの図書室でバッタリ会ったばかりだ。私は分厚い『サラブレッド血統書』と格闘している最中だったので、コビさんが図書室スタッフと何を話していたのかはよく聞いていなかったのだが、おそらく、自著を寄贈しに来たのだと思う。

 コビさんは、待ち合わせた知人が来たら、「じゃ」と、去って行った。フットワークの軽さは、知り合ったばかりの30数年前と変わらない。前にも書いたかもしれないが、札幌在住の彫刻家と20〜30分会うためだけに、美浦から札幌、美浦と日帰りするのが「コビさん流」なのである。

 どう思っているか訊いたことはないが、コビさんのような人は、ズームでのリモート会議やリモート取材を、便利だとはとらえていないのではないか。

 リモートで顔を合わせることも、「会った」ということになるのだろうか。私がリモート取材をしたことのある競馬関係者は、サンデーレーシング代表の吉田俊介さんと、松山弘平騎手だけだ。俊介さんとはその前に何度も会っており、長時間取材したこともあるので、「会った」ことのうちに入りそうな気もするが、松山騎手にじっくり話を聞いたのは、それが初めてだった。松山騎手の場合は、「ロングインタビューをしたことはあるが、膝を突き合わせて話したことはない」という感覚だ。

 逆に、コビさんのように、片道3時間以上かけて誰かに会いに行った場合は、往復の時間までその人と共有したようなものだ。どちらが「豊か」かは、言わずもがなだ。

 来週金曜日からは、毎年恒例の相馬野馬追取材に行く。南相馬に3泊し、そこから青森に入り、三沢で広沢牧場関連の取材をする。明治の初めにできた、日本初の民間洋式牧場である。創設者の広沢安任は、世が世なら一万円札の肖像になっていてもおかしくない大物で、養嗣子の広沢弁二は、安田伊左衛門とともに、競馬法制定のために奔走した、東北の生産界を代表する人物だった。

 その広沢牧場でお父さんが働いていたという70代の生産者や、日本軽種馬協会の重鎮にも話を聞く。八戸三社大祭中日の8月2日に行われる騎馬打毬も見られそうなので、楽しみである。

 何度も広沢安任について書いており、三沢にも足を運んでいるのに、墓参りをしたことはない。今回初めて墓所を訪ねる。八戸にある、最年少ダービージョッキー・前田長吉の墓参りにも行こうと思っている。

 翌週は札幌へ。今のところ2泊する予定なのだが、レンタカーがどこも満車で困っている。

 ワールドエースが種牡馬を引退して、乗馬になることが決まったという。現役時代、ノーザンファーム代表の吉田勝己さんが「サラブレッドの見本のような馬」と評したスーパーホースだ。ずいぶん前で、リモート取材などなかったころのことなのだが、吉田代表がそう言ったときの表情や口調、インタビューした場所もよく覚えている。記憶が正しいかどうかはともかく、思い返すと、空気のひんやりした感じまで肌に蘇ってくるかのようだ。

 こうした感覚を繰り返し自分のものにしてこそ、キャリアを重ねたことになるのではないか。リモートで同等の何かを得ることが不可能なのは、やる前からわかっている。

 と、ネット関連の手続きが上手くいかないことの憂さ晴らしのようなことを書いてしまった。

 だからといって、最寄りの税務署に行って何時間も待たされた挙げ句、申請から受理まで何カ月もかかるのは、ネタにはなるだろうが、できれば避けたい。システムを使いこなせるようになるしかないのか。

 ここまで書いてから、もう一度インボイス登録センターに問い合わせた。電話に出た女性は、さっきの人よりずんぶん親切で、説明もわかりやすかった。受理されていないのは、税務署に私のマイナンバーが登録されていないからだと言われたが、確定申告のときに登録していると伝えると、実際には登録されているのにエラーメッセージが出ていることを彼女が確認したうえで、いったん電話を切った。折り返し電話をくれて、受理されるようにしてくれたという。

 今後、結果がどうなったかは、e-Taxの「通知書等一覧」を見ればいいという。それも、おそらく彼女もパソコンでe-Taxをひらきながらだと思うが、教えてくれた。同じ部署なのに、人によってこうまで違うとは。もし「外れ」の担当者に当たりつづけたらと思うと、怖くなった。

 結局、どこまで技術が進んでも、最後はやっぱり人による、ということなのか。ともかく、手続きが終わってよかった。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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