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「ある日夢を見て…」ショウナンマイティから始まった物語 マイティドリームの会(1)

  • 2023年09月26日(火) 18時00分
第二のストーリー

ホーストラストですやすや中のマイティドリーム(提供:マイティドリームの会)


「なぜこんなに一生懸命走っているんだろう」競走馬に釘付け


 自分が応援していた馬が競走から引退した後はどうなるのか。気になる人は多いだろう。引き取れないまでも、何らかの形で関わったり引退馬支援をしたいと思っている人もいるはずだ。だが、引退後行方不明になるケースも少なくない。たとえ居場所が判明しても、どう関わっていけばいいのかわからない人も多いだろう。

 今回の主役マイティドリームは、気にかけていたファンの1人が偶然彼を見つけたことをきっかけに支援の輪が広がり、認定NPO法人引退馬協会のサポートのもと「マイティドリームの会」が発足。会員による会費で鹿児島県の養老牧場ホーストラストに預託され、仲間たちとともに穏やかな毎日を過ごす道を手に入れた。

 マイティドリームの兄は、2012年の産経大阪杯(GII ※当時)に優勝するなど重賞戦線で活躍をしたショウナンマイティ。実はマイティドリームの物語は、このショウナンマイティから始まったと言っても過言ではない。

 ショウナンマイティは父マンハッタンカフェ、母ラグジャリー、母の父Storm Catという血統で、2008年4月2日に北海道新ひだか町の矢野牧場で誕生した。栗東の梅田智之厩舎から2010年7月にデビュー。新馬、萩S(OP)と2連勝し、2歳時から将来を期待された。

 4歳になって前述通り産経大阪杯に優勝し、宝塚記念(GI)で3着。5歳時は安田記念(GI)で上がり32秒台の脚を使い、ロードカナロアのクビ差の2着と場内を沸かせた。

 その安田記念を競馬中継でたまたま目にしたのが関西在住のYさんという女性だ。

「最初に引退馬についての暗い部分を知ってしまったせいか、競馬に対して良いイメージを持っていなかったんです」とYさんは振り返る。結婚を機に生まれ育った関東圏から関西圏へと移住し、出産。

「知り合いもいないですし、育児があるので1日中家にいてワンオペみたいな感じでした。話し相手といえば赤ちゃんしかいなくて、気分が落ちていく一方だったんです」

 精神的に追い詰められていたYさんは、画面の中のショウナンマイティに釘付けになった。ロードカナロアの前に破れはしたものの、Yさんの目にはショウナンマイティが競走馬の持つすべてを体現しているように映った。

第二のストーリー

ショウナンマイティ ※写真は11年ポプラS(撮影:高橋正和)


「かっこよさや美しさ、はかなさ、荘厳さがマイティからは感じられました。そしてなぜこんなに一生懸命走っているんだろうとマイティを見ていたら涙が出てきました」

 競走馬になるために生まれてきたサラブレッドたちは、命の保証があるとは言えない。馬たちが背負っている過酷な運命のもと、ひたむきに走るショウナンマイティをはじめとする競走馬たちの姿にYさんは胸を打たれ励まされた。

「こんなことでめそめそしていられないなと勇気をもらい、マイティに一目惚れしてしまいました」

 以来ショウナンマイティを応援するようになった。だが2014年の安田記念3着の後から長期に渡って戦線を離脱。2016年1月のAJCCが復帰戦となった。新聞でマイティの出走を知ったYさんは、久々にマイティが走る! と喜び、テレビでレースを見守った。ところが向正面で左前繋靱帯不全断裂を発症し、競走を中止してしまう。

「向正面でポツンと1頭佇んでいるマイティが寂しそうに見えて、そのシーンが今でも忘れられません」

 Yさんのショックは大きかった。

 ショウナンマイティは、命を繋ぐために手術を受けたが、その後の情報がなかなか入ってこない。Yさんは毎日ネットを検索して、明けても暮れてもマイティのことばかり考えていた。手術成功以外の情報は得ることができないまま時間が過ぎていった。

ショウナンマイティの夢を見た意味


「こんなこと話をしたらおかしな人と思われるかもしれませんが、ある日マイティの夢を見たんです」

 それは、朝焼けの草原を遠くかなたからショウナンマイティが駈けてきて、Yさんをしばしじっと見つめると、体を翻して再び朝焼けの中に消えていくという夢だった。そして夢から覚めたYさんはマイティはもうこの世にはいないのだと感じ涙が流れた(のちに生産牧場のSNSにおいて天に召されたことが公表された)。

「確かそのすぐあとに弟のマイティドリームのデビューが決まったんです。写真を見るとお兄ちゃんにそっくりでした」

 Yさんは、兄に似たマイティドリームを応援して見守っていこうと心に決めた。

「私の勝手な解釈なんですけど、それがショウナンマイティの夢を見た意味なのかなと思いました」

 父にディープインパクトを持つマイティドリームは、2014年4月12日に兄と同じ新ひだか町の矢野牧場で生まれた。

 Yさんはデビュー戦から欠かさず応援し続けた。父がディープインパクトなだけに期待も大きく、2016年7月の新馬戦では1番人気に推されるも4着。その後も人気になりながら惜しいレースもあったが、JRAでは勝ち星を挙げられないまま終わり、地方競馬へと転籍。園田で勝てればJRAに戻ってくる可能性もあったかもしれないが、3戦して勝利できずに佐賀へと移籍した。

 Yさんは佐賀でのレースもネット中継で欠かさず観戦した。厩舎にはお守りを送り、調教師からお礼の電話や手紙が届いたこともあった。

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2戦目の2歳未勝利にて(ユーザー提供:乱馬さん)


「大切にされているのが伝わってきましたが、やはり勝てなければ引退の日がやってきますよね」

 マイティドリームは、2019年9月28日のレースを最後に競走馬登録が抹消された。

 知人に行方を探そうかと尋ねられたが、その時のYさんは生活が不安定な時期でもあった。

「探してみて乗馬クラブにいればいいですけど、もし肥育場にいた場合に今の自分に果たして引き取れるのか、引き取れたとしてもずっと飼養していけるのか自問自答しました」

 馬はこの先10年、20年と生きる可能性があるのに、自分が引き取ったことで馬を不幸にしてはいけない、無責任なことはしたくないという気持ちが強く、その時は探すことはしなかった。

 だがYさんには、マイティドリームには次の道が用意されているという確信めいたものがあった。

「マイティドリームはきっと大丈夫と漠然と思っていました」

 Yさんのその勘は当たることになる。

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カメラに興味津々! 現在のマイティドリーム(提供:マイティドリームの会)


(つづく)



▽ マイティドリームの会(マイティドリームを支えてくださる会員様を募集中)
https://mighty-dream.jimdofree.com/

▽ マイティドリームの会X
https://twitter.com/mightydream0412

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北海道旭川市出身。少女マンガ「ロリィの青春」で乗馬に憧れ、テンポイント骨折のニュースを偶然目にして競馬の世界に引き込まれる。大学卒業後、流転の末に1998年優駿エッセイ賞で次席に入賞。これを機にライター業に転身。以来スポーツ紙、競馬雑誌、クラブ法人会報誌等で執筆。netkeiba.comでは、美浦トレセンニュース等を担当。念願叶って以前から関心があった引退馬の余生について、当コラムで連載中。

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