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ダービー馬のラストレース

  • 2023年09月28日(木) 12時00分
「おい、おまえ。ダービー馬の最後のレースを全部、思い出せるか?」

 詩人・劇作家・競馬コラムニストとして活躍した寺山修司は、月刊「優駿」での絶筆となったエッセイ「ザ・ラスト・レース」(1983年3月号)のなかで、スシ屋の政にそう訊いている。政は「全部って訳には、いかないよ」と答えた。

 さらに寺山は、日本ダービーが最後のレースとなったダービー馬が、寺山が競馬を始めてから4頭いることを記したうえで、その1頭目となった1961年のハクシヨウから、このエッセイを書いた前年、1982年までのダービー馬のラストレースの一覧表を付している。一番多いラストレースは日本ダービーと有馬記念の4頭で、オープンの3頭、菊花賞と宝塚記念の2頭がつづく。が、オープンというのはそれぞれ条件が異なる別のレースなので、実際は菊花賞と宝塚記念が3位である。

 私は、日本ダービーが最後のレースとなった馬を初めて見た年から、ダービー馬のラストレースをどのくらい思い出せるだろうか。

 私が競馬を始めてから、日本ダービーが最後のレースとなった最初の馬は、1990年のアイネスフウジンである。

 ということで、アイネスフウジン以降のダービー馬のラストレースを書き出してみる。47歳で世を去った寺山より10年ほど長く生きているぶん頭数が多くなってしまうが、お付き合いいただきたい。

1990 アイネスフウジン 日本ダービー 1着
1991 トウカイテイオー 有馬記念 1着
1992 ミホノブルボン 菊花賞 2着
1993 ウイニングチケット 天皇賞(秋) 8着
1994 ナリタブライアン 高松宮杯 4着
1995 タヤスツヨシ 菊花賞 6着
1996 フサイチコンコルド 菊花賞 3着
1997 サニーブライアン 日本ダービー 1着
1998 スペシャルウィーク 有馬記念 2着
1999 アドマイヤベガ 菊花賞 6着
2000 アグネスフライト 阪神大賞典 13着
2001 ジャングルポケット 有馬記念 7着
2002 タニノギムレット 日本ダービー 1着
2003 ネオユニヴァース 天皇賞(春) 10着
2004 キングカメハメハ 神戸新聞杯 1着
2005 ディープインパクト 有馬記念 1着
2006 メイショウサムソン 有馬記念 8着
2007 ウオッカ マクトゥームチャレンジラウンド3 8着
2008 ディープスカイ 宝塚記念 3着
2009 ロジユニヴァース 札幌記念 14着
2010 エイシンフラッシュ ジャパンC 10着
2011 オルフェーヴル 有馬記念 1着
2012 ディープブリランテ キングジョージVI世&クイーンエリザベスS 8着
2013 キズナ 天皇賞(春) 7着
2014 ワンアンドオンリー ジャパンC 16着
2015 ドゥラメンテ 宝塚記念 2着
2016 マカヒキ 札幌記念 16着
2017 レイデオロ 有馬記念 7着
2018 ワグネリアン ジャパンC 18着
2019 ロジャーバローズ 日本ダービー 1着
2020 コントレイル ジャパンC 1着

 やはり、有馬記念が7頭と最も多く、日本ダービーと菊花賞とジャパンCが4頭、天皇賞(春)と宝塚記念と札幌記念が2頭とつづく。なお、ここに記した31頭のうち9頭が、1着でキャリアを締めくくっている。

 本稿をお読みの方は、どのくらい思い出せただろうか。

 私は、ディープインパクトまではわりとよく覚えていたのだが、それよりあとは半分くらいしか思い出せなかった。

 オルフェーヴルやコントレイルのように有終の美を飾ったり、逆に、キズナやドゥラメンテのように悔しい敗戦で終わってしまったり、日本ダービーがラストレースとなったロジャーバローズのようなケースは印象に残っているのだが、それ以外は、我ながら情けなくなるほど忘れている。

 ダービー馬を特別視するところや敬意は変わっていないのに、どうして記憶にとどまりづらくなったのか。理由のひとつは記憶力の低下だとして、ほかにも何かあるはずだ。

 わかった。昔より、長く走るダービー馬が多くなったからだ。

 1990年代のダービー馬10頭のうち、古馬になってもレースに出たのは、トウカイテイオー、ウイニングチケット、ナリタブライアン、スペシャルウィークの4頭しかいなかった。それが2000年代と2010年代は各8頭と、ほとんどのダービー馬が古馬になっても現役をつづけるようになった。2000年代に3歳で現役を終えたのはタニノギムレットとキングカメハメハだけ、2010年代はディープブリランテとロジャーバローズだけだった。

 ダービー馬の競走寿命が延びていろいろなラストレースを迎えるようになり、それで、どれが最後のレースだったのか、思い出しづらくなったのだ。

 その代わり、2008年、17年、19年のジャパンCには3頭、コントレイルのラストレースとなった2021年のジャパンCには4頭ものダービー馬が出走するといった、数世代のダービー馬の競演を楽しめるようになった。今も、シャフリヤール、ドウデュース、タスティエーラと3頭のダービー馬が現役なので、これからも豪華対決が期待できる。

 先週も書いたように、今週末は、中山でスプリンターズS、盛岡でダービーグランプリ、そしてパリロンシャンで凱旋門賞と、楽しみなレースが目白押しである。ダービーグランプリは、ダート競走の体系整備により、今回が最後の実施となる。つまり、レースを主体に見ると、これも「ラストレース」と言えるわけだ。熱い戦いを楽しみたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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