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阪神優勝号を手に思ったこと

  • 2023年11月16日(木) 12時00分
 生まれて初めてインフルエンザのワクチンを打ってきた。これまで一度もインフルエンザにかかったことはなく、自分以外の誰かに降りかかるものと決めつけていたのだが、同じように捉えていたコロナにかかって、考えをあらためた。罹患したとしてもウイルスをまき散らす期間を短くし、周囲になるべくうつさないようにする「免疫の壁」を形成する一員になれたらいい。

 追突事故に遭ったり、岳父が亡くなったりとイレギュラーなことがつづいたなか、どうにか日々の業務をこなしてきた。今週は都内のホテルでの出版社のパーティー、来週はジャパンCの観戦会といった、人の集まる行事が、どちらも4年ぶりに行われる。

「×年ぶり」といえば、18年ぶりにリーグ優勝を果たし、38年ぶりに日本一になった阪神タイガースを特集したスポーツ誌「Number」がG党の私に2冊送本されてきた。何事かと思ったら、イクイノックスがスーパーレコードを出した天皇賞(秋)のレポートの掲載号でもあった。重版がかかったらしく、それに乗っかって、たくさんの人の手に拙文が届くことを嬉しく思う。

 18年前といえば2005年。ディープインパクトが史上2頭目の無敗の三冠馬となった年だ。38年前は1985年。シンボリルドルフが史上初の無敗の三冠馬となった翌年である。そして今年は、リバティアイランドが史上7頭目の牝馬三冠馬となった。

 阪神ファンは、球場と競馬場の両方で歴史的快挙を堪能できたわけだ。

 我が軍(読売巨人軍)が前回リーグ優勝した2020年は、デアリングタクト、コントレイルと牝牡の無敗の三冠馬が誕生した。前回日本一になった2012年はジェンティルドンナが史上4頭目の牝馬三冠馬となっている。ゴールドシップがクラシック二冠と有馬記念を勝ったり、オルフェーヴルが凱旋門賞で圧勝かと思わせながら2着になって世界中を驚かせたりと、ステイゴールドの血が爆発した年でもあった。こっちもすごい。

 私は阪神の岡田彰布監督と面識はないのだが、以前当欄に記したように、30歳くらいで亡くなった母方の従兄弟が、早大野球部で岡田監督の後輩だった。私が大学生のころ、従兄弟が「岡田さんが……」と話しているのを聞いて、有名人を「さん付け」で呼ぶ人に会ったのは初めてだったので、それだけで従兄弟が輝いて見えた。

 従兄弟はヤングジャパングループのハンズという会社でイベントやコンサートなどのプロデュースをしており、私はよくコンサートに連れて行ってもらったり、食事を奢ってもらったりしていた。コンサートの楽器運びのアルバイトを紹介してもらったり、乗らなくなった車を2台つづけてタダでもらったこともあった。

 一方的に世話になってばかりで、何も返せないうちに、私が「徹兄ちゃん」と呼んでいた従兄弟は逝ってしまった。いやらしい言い方になるが、今の自分なら、一緒に仕事をしたり、何かで少しは力になることができたはずだ。が、もう徹兄ちゃんはいない。

 実は、先日亡くなった岳父の名も「徹」だった。40年近く前に世を去った徹兄ちゃんのことも思い出されて、そのぶんも泣いた。

「恩を返せるようになったときには、その恩人はいなくなっている。だから、人から受けた恩は、ほかの誰かに返していけばいい」

 これも前に書いたことの繰り返しになるが、私にそう教えてくれたのは、直木賞作家の伊集院静さんだった。

 伊集院さんも、大きな恩を与えてくれた人に何かを返したいと思ったときには、その恩人はいなくなっていたという。

 それで伊集院さんは、先人たちから受けた恩を、松井秀喜さんや武豊騎手といった、自身より若い人たちの力になることによって、返しているのだ。何かを「してやっている」という意識がなく、ただ「返している」だけなので、見返りは求めないし、押しつけがましさもない。

 武騎手が「真似をしたくなる」と言うのも頷ける、カッコいい生き方だと思う。

 今、家人が喪中ハガキをつくっている。賀状をやめると案内の来た知人や会社には送る必要はないのだろうが、実は、岳父の死を知らせていない私側の親戚にもそういう人がいて、どうすべきか迷っている。これを受け取ったことで慌てて香典を送ってきたりしたら申し訳ないし、かといって、知らせずにおくのも失礼にあたるかもしれない。

 こうした面倒なことを涼しい顔でこなしていくことが大人になることなのかもしれないが、ようやく大人になれそうだと思ったら、還暦が見えてきた。

 ここ数日急に寒くなり、秋を飛ばして夏から冬になったようだと言われている。同じように、私は、青年期を飛ばして、子どもからジジイになってしまうのか。

 自分は何のために生きているのか。正直、私はよくわからない。そう訊かれて、まともに答えられる人はどのくらいいるだろう。

 しかし、「生きている」ではなく、「生かされている」と考えれば話は別で、どんな人でも誰かに必要とされているから生かされているのではないか。そう考えるほうが、自分の命や名誉も、他人のことも、大切にできるように思う。

 今回もまた、わけのわからない話になってしまった。今のところ、ワクチンの副反応はまったくない。

 みなさんも、風邪などに気をつけて、ご自愛ください。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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