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まったく新しい競馬

  • 2024年01月11日(木) 12時00分
 まず、元日の能登半島地震で被災した方々にお見舞い申し上げます。

 珠洲市を拠点に引退馬の余生を支える活動をしている角居勝彦元調教師をはじめ、知人の安否が気になり、すぐにでも飛んで行きたい気持ちです。しかしながら、被災地では受け入れ態勢が整っておらず、電話やSNSでの連絡さえも、電波状態と電力事情を考えて遠慮しているのが現状です。角居氏に関しては、発災翌日にフェイスブックで無事を報告しており、その後もときおり投稿しているので、元気に過ごしているようです。

 私も北国で育ったからわかるのですが、雪は、汚れたものを覆って綺麗に見せてくれると同時に、危険も隠してしまいます。雪がとけて水になり、それが亀裂に溜まって凍ると体積を増して亀裂を大きくすることもあります。釈迦に説法かもしれませんが、くれぐれも気をつけてお過ごしください。

 さて、これが本稿の今年初めての更新となります。引きつづき、「熱視点」をどうぞよろしくお願いします。

 昨年最後の当欄に記したように、ドウデュースが勝った有馬記念は、詩人で寺山修司記念館館長の佐々木英明さんとのトークイベントのなかでのパブリックビューイングで観戦した。場所は、青森県三沢市の三沢市国際交流教育センター。関係者を含めて50名ほどの規模で、それぞれ応援する馬は違うのに、みんなでレースを見るのはこんなに楽しいものかと、新たな発見があった。

 私は、八戸出身の最年少ダービージョッキー・前田長吉関連の催しとして、これまで何度か青森で行われたイベントに出演したことがある。集まるのは年配の人が多くなりがちで、正直、私より若い人を見つけるのが大変だった。ところが、今回は、どう見ても二十代の男女が3人、三十代とおぼしき人たちも4、5人いるなど、これまでより平均年齢が明らかに下がっていた。

 これは拙著の発売記念イベントで、トークのテーマは「寺山修司が愛した馬たち/競馬史の舞台としての三沢」であった。

 質疑応答の時間になると、二十代の女の子が手を挙げた。「レースが始まったら、声出しの応援をしてもいいですか?」と、彼女は馬のぬいぐるみを差し出した。結構ウケた。彼女は競馬歴5年ほどで、競馬をほとんど見たことがないという友達と一緒に参加していた。彼女にどの馬を応援しているのか聞くと、ドウデュースと答えた。武豊騎手を背にしたドウデュースが先頭でゴールを駆け抜けると、会場の拍手は、彼女にも向けられた。

 イベント終了後、私の本を買ってくれた人たちが並び、ひとりずつにサインをしながら話をする時間があった。ドウデュースの馬券を獲った女の子の友達に、「競馬を知らなくても面白かった?」と訊ねると、「すごく面白かったです!」と笑顔で答えてくれた。どこが面白かったのは聞かなかったが、彼女が嘘をついているようには見えなかった。

 もうひとり、大学生くらいにも見えた若い男の子は、競馬をまったく知らず、寺山修司のファンだから参加したのだという。ファンとはいっても、寺山の競馬観に触れたのは初めてだったようで、彼も楽しかったと言ってくれて、嬉しかった。

 なかには、わざわざ盛岡から来てくれて、私もときおり書いている日本初の女性騎手である斉藤すみに関して、鵜飼正英氏も著書で触れているが、それについて何か知っていることはないかという、鋭い質問をくれた人もいた。鵜飼氏の来歴に関しては、佐々木館長が答えてくれた。レクチャーする側であるはずの私がメモをして勉強させてもらうようなことが出てくるのも、こうしたイベントならではの面白さだ。

 その翌週、12月28日の木曜日、最終レース終了後、中山競馬場のパドックで、田中勝春調教師の騎手引退式が行われた。私は、コビさんこと小桧山悟調教師と一緒に、ジョッキールームの近くにいた。勝春調教師、と書くのにはまだ慣れないが、彼に「長い間お疲れさまでした」と言って、握手をした。彼がシャドウゲイトでシンガポール航空国際Cを勝った2007年以来だから、16年ぶりの握手ということになる。その流れのような感じで、コビさんとも握手をした。以前、スマイルジャックが重賞を勝ったときに握手の手を差し出したら、「まだ島田君とは握手はしない」と手を引っ込められた。スマイルがGIを勝ったら、ということだったが、残念ながら、果たせなかった。だから、コビさんと握手をするのはこれが初めてだった。ちょっと恥ずかしくてそのときは何も言えなかったのだが、今、あらためて。

――コビさん、JRA理事長特別表彰受賞、おめでとうございます。

 引退式終了後、兵庫の永島太郎調教師が、勝春調教師が登場するとき映り込んでいましたよ、と旧ツイッターのXで教えてくれた。ユーチューブで動画を見ると、コビさんと私が思いっきり笑っている。司会者に呼ばれているのに、勝春調教師がなかなか入場しなかったので、「何やってるんだよ」と笑っていたのだ。壇上での挨拶もユニークで、あんなに笑った引退式は初めてだった。

 勝春調教師は第二の人生のスタート地点についたわけだが、コビさんは、2月限りで調教師を引退する。イクイノックスもタイトルホルダーもパンサラッサも現役を退いて種牡馬になる。いつも拙著を献本してきた伊集院静さんもいない。

 私個人にとってのみならず、すべての競馬ファンにとっても、これまでとはまったく違う競馬が始まろうとしている。

 願わくは、素晴らしい一年になってほしい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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