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G1・35勝をあげたセカンド・ジョッキーがフリーランスに

  • 2024年03月20日(水) 12時00分

27年にわたった関係を解消


 エイダン・オブライエンが率いるアイルランドのトップ・ステーブル「バリードイル」で、1996年から27年にわたってセカンド・ジョッキーとして騎乗してきたシーミー・ヘファナン騎手(51歳)が、バリードイルを離れることになった。アイルランドにおける芝平地シーズンの開幕を翌日に控えた17日(日曜日)に、本人が発表したものだ。

 ヴィンセント・オブライエンの後を継ぎ、エイダン・オブライエンがバリードイルを拠点に調教の陣頭指揮をとるようになったのが1996年だったから、開業当初から組織の一翼を担ってきたのがヘファナンだった。バリードイルの現在のファーストジョッキーはライアン・ムーアで、それ以前は、クリスティ・ローチ、マイケル・キネーン、ジョニー・ムルタ、ジェイミー・スペンサー、キアラン・ファーロン、ジョセフ・オブライエンらが、その地位にあった。厩舎の一番馬に乗るのは、言うまでもなくファーストジョッキーで、ヘファナンの立場は常にスーパーサブだった。

 その一方で、日陰の存在にスポットライトがあたった場面も、幾度もあった。

 実際にシーミー・ヘファナンは、ここまでG1を36勝しているが、このうち35勝はエイダン・オブライエンの管理馬であげている。

 オブライエン厩舎に来る以前は、ジム・ボルジャー厩舎にいたのがヘファナンだ。その時代の95年10月、ボルジャー厩舎のワイルドブルーベルでG3コンコルドS(芝7F)を制したのが重賞初制覇だった。オブライエン厩舎に移った段階で、彼はG1未勝利だったのだ。

 オブライエン厩舎移籍後も、重賞は勝つもののG1には手が届いていなかった彼に、ついにその瞬間が訪れたのが、00年9月だった。オブライエン厩舎のベケットに騎乗して、G1ナショナルS(芝7F)を制したのである。ちなみにこのレースに、オブライエン厩舎は4頭出しで、当時のファーストジョッキーのマイケル・キネーンは、オッズ1.44倍という圧倒的1番人気のダーウィンに騎乗していた。ヘファナンの騎乗馬ベケットはオッズ11倍の4番人気だったが、道中5番手追走から残り300mで先頭に立つと、そこから後続を3馬身突き放す完勝だった。

 その7か月後、ヘファナンはイマジンに騎乗してG1愛1000ギニー(芝8F)に優勝。クラシック初制覇を果している。この時も、オブライエン厩舎は5頭出しで、ファーストジョッキーのマイケル・キネーンはオッズ6.5倍で2番人気だったトロカに騎乗していた。ヘファナンが手綱を委ねられたイマジンはオッズ17倍の10番人気という伏兵だったが、後方待機から徐々に番手を上げ、残り1Fで先頭に立つと、1番人気(5.5倍)だったL.デットーリ騎乗のクリスタルミュージックに2馬身差をつける快勝だった。

 イマジンは次走、エプソムのG1英オークス(芝12F6y)に駒を進め、ここでも勝利を収めることになったのだが、英オークスで同馬に騎乗していたのはマイケル・キネーンだった。

 そのG1英オークスをヘファナンが制したのが、12年だった。オッズ21倍の7番人気だったワズの手綱をとり、ダリル・ホランドが騎乗するシロッコスターとの競り合いをクビ差制して、ヘファナンは英オークス制覇を果した。

 そして、彼にとって騎手生活のハイライトというべき時が訪れたのが、19年6月1日だった。エプソムダウンズで行われた第240回英国ダービー(芝12F6y)。出走13頭のうち、実に半数をこえる7頭がオブライエンの管理馬だった。ファーストジョッキーのライアン・ムーアは、8馬身差で制した前走G3チェスターヴァーズ(12F63y)を含めて2戦2勝だったサードラゴネットを選択。ムーアが選んだことで、同馬はオッズ3.75倍の1番人気に推された。オッズ5倍で2番人気だったブルームには、ドナカ・オブライエンが騎乗。ヘファナンが手綱を任されたのは、前走LR英ダービートライアルS(芝11F133y)を制しての参戦だった、4番人気(8.5倍)のアンソニーヴァンダイクだった。

 マグナー夫人のピンクの勝負服をまとったヘファナンが騎乗したアンソニーヴァンダイクは、中団後ろめの内埒沿いを追走。直線に向くと外に進路を切り換え、しばし行き場を探しあぐねた後、残り300mで馬群真ん中に進路を見つけて伸び、残り100mで先頭に立って優勝。シーミー・ヘファナンはついに、英ダービージョッキーの称号を手にした。

 レース後のインタビューでオブライエン調教師が、「シーミーが英ダービーを獲れたことが非常に嬉しい」とコメントしたことが、筆者の印象に強く残っている。

 27年にわたった関係を解消することになったエイダン・オブライエンとシーミー・ヘファナンだが、両者とも、けんか別れでは決してないと強調。ヘファナンは、機会があれば今年もオブライエン厩舎の馬に乗りたいとコメントしている。

 その一方で、ヘファナンがバリードイルを離れるという噂は、実は数週間前から業界には流れていた。昨年もオブライエン厩舎の馬で34勝をあげたヘファナンだったが、その一方で、サードジョッキーのウェイン・ローダンが重用される場面が何度かあったことも確かだった。また、ヘファナンのG1制覇も、エンプレスジョセフィンで制した21年のG1愛1000ギニー以来、途絶えていた。

 ヘファナンによると、家族とも話し合い、自らの騎手人生に転換期を作ることを決断したという。当面はフリーランスとして騎乗予定だが、大手の馬主や厩舎が既にオファーを出しているとの情報もあり、あるいは近いうちに、新たな雇用主と契約というニュースが聞こえてくる可能性もありそうだ。

 シーミー・ヘファナンは活躍できるかどうか。24年の世界の競馬の、見どころの1つとなりそうである。

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1959年(昭和34年)東京に生まれ。父親が競馬ファンで、週末の午後は必ず茶の間のテレビが競馬中継を映す家庭で育つ。1982年(昭和57年)大学を卒業しテレビ東京に入社。営業局勤務を経てスポーツ局に異動し競馬中継の製作に携わり、1988年(昭和63年)テレビ東京を退社。その後イギリスにて海外競馬に学ぶ日々を過ごし、同年、日本国外の競馬関連業務を行う有限会社「リージェント」を設立。同時期にテレビ・新聞などで解説を始め現在に至る。

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