なんとしても、どうにもならなくなってしまうこと、競馬の中にはいくらでもある。どうにかなる、そう念じていても、突破口が見えて来ない。それなのに、どうにかなろうと毎日を過ごしていく。そう繰り返しているのが、人の常なのかもしれない。
しかし、何かのきっかけでその呪縛から解き放たれるのも世の常。そこには作意が入り込む余地はない。予知することなく、いつの間にかそうなっている。幸運としか言いようがない。
その幸運は、求めると遠ざかることになっていて、始末がわるいのだ。
そこで考えたのが、発想の転換。これはひと頃、よく書物の題名になっていた。あんまりそこここに登場するものだから、今ではすっかり飽きられてしまったが、窮状を脱するには、これがなくてはどうにもならない。ことばは消えても、その精神は消えていない。
この発想の転換を思い付きと同列に扱う場合があって、いいかげんな考えと軽視しがちだが、それはとんでもないことだ。思い付きは、工夫、着想といったニュアンスのもので、新たな局面を切り開くきっかけをつくってくれる。一度でもそれを経験すると、そのことがしっかり身につくのだが。
そこで登場するのが、今回もわが競馬だ。
なんとしてもどうにもならないときに、どうしたらいいのか。競馬なら、何回でも発想の転換をすることができる。ひとつ方向にこだわっていると、迷路から抜け出せず、ひとつ大きく深呼吸でもして、窮地を脱する工夫をしてみる。血統で攻めてみるとか、騎手で考えてみるとか、とにかく、分かりやすいのがいい。いくら緻密にと思ってみても、それでは突破口が見えて来ない。分かりやすい工夫なら、どんどん新たな局面を作ることができる。世に達人と呼ばれる人を観察していると、その発想の転換が実に軽妙であることに気づくのだ。どうにかするの信念を持とう。
毎週、2歳馬を格付け!丹下日出夫の「番付」がnetkeibaで復活! 参加無料!商品総額50万円!netkeibaPOG大会「POGダービー」が開幕!