この世の中に「不滅」は存在するのだろうか、存在するならどういうことになるのだろうか、ふとそんなことを考えていた。
騎手の先達、競馬の先達、保田隆芳さんの死に接したからだ。かつて、保田さんがダービー馬ハクチカラでアメリカに遠征した折、いわゆる「モンキー乗り」を日本の競馬にもたらしたことは有名だ。生前それについて伺ったことがあった。
昭和30年代の前半、騎手は師匠の騎乗法を真似することに励み、少しでもそれに近づく努力を重ねていた。誰しもがアブミを長くした「天神乗り」を踏襲し、それが当たり前だった。保田さんがアブミを短くした「モンキー乗り」を始めたころ、周囲は、そんな危ない乗り方をしてと批判がしきり。それでも3年も連続してリーディング・ジョッキーになったことで、やがてみんながその乗り方になっていった。
保田さんが遠征後もたらしたものは他にもある。調整ルームの設置を競馬会に進言し、実現させたことだ。それまで騎手は、レースを終えるときゅう舎に戻って着替えをしたり休息をとっていた。ところが、アメリカではすでに調整ルームがあり、そこで騎手はレースに備えていた。騎乗に集中できるこの設備は、このとき出現したのだった。
保田さんの現役時代に残した偉業の数々は、東京競馬場の中にある競馬博物館のメモリアルホールで偲ぶことができる。天皇賞10勝の金字塔は、後年、武豊騎手によって塗り替えられたが、秋の天皇賞7勝の記録は、今でも聳えている。
このように大きな仕事を達成した人の死は、その人の死滅を意味するものではなく、保田さんは、競馬の内で生き続けていくことで「不滅」の存在と言えるのではないか。そして、私ども凡人は、大した仕事も完成させずに死んだとしても、真心を持って生き抜きさえすれば、何処かで生き続けられるのだ。