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相馬野馬追と競馬(その4)伝統の力

  • 2011年08月20日(土) 12時00分
 相馬野馬追2日目の7月24日(日)、南相馬市原町区の相馬太田神社で例大祭が行われた。ここに集まったのは、昨年、5郷中最大の200騎ほどの騎馬武者を送り出した中ノ郷騎馬会であった。しかし、今年は馬を使わず、騎馬武者たちが礼拝や直会などを行うにとどまった。

桜井勝延市長
相馬太田神社で行われた例大祭の舞楽

 今年の野馬追実施に先立ち、相馬野馬追執行委員会の公式サイトに、次のような文言が掲載された。

<7月24日と25日の行事においては、東京電力福島第一原子力発電所から半径20キロから30キロ圏内の緊急時避難準備区域である神社で実施することから、観覧を勧めるものではありません。状況により制限を設ける場合もありますので、ご了承いただきたいと存じます>

 緊急時避難準備区域では学校がすべて休校になっているため、街で子供たちの姿を見かけることがほとんどない。そのせいか、同じ「相馬地域」でも、原発30キロ圏外の相馬中村神社や北郷本陣周辺よりひっそりとした印象がある。だが、この日は、開催を待ちわびていた多くの騎馬武者たちと見物客が詰めかけ、前日同様、その様子を取材する報道陣も多かった。

桜井勝延市長
拝殿前は立錐の余地もない混雑だった

 晴天に恵まれたこともあって、拝殿前の小さな広場に600人ほどが集まり、屋外でも人いきれでむせ返りそうになるほどだった。

 真っ白な鉢巻きをして参列した中ノ郷騎馬会146人のなかに、ひときわ目を惹く女性の騎馬武者がいた。

 原町高校3年生の堀川史恵(ひさえ)さんである。自ら希望し、去年の騎馬武者行列で初陣を飾ったのだという。

桜井勝延市長
騎馬武者姿が勇ましい堀川史恵さん

「縮小開催という形でも、実施してくれてよかったです。まったく行わないのではなく、ちょっとでもやってほしいと思っていましたので。来年は騎馬武者行列なども、ぜひやってほしいですね」

 そう話す堀川さんの自宅も学校も緊急時避難準備区域にあるため、この少し前まで、彼女は一時、東京の学校に通っていた。2学期からは原町高校のサテライトという形で、原発30キロ圏外の相馬高校に通うことになる。

 例年なら、中ノ郷の騎馬武者たちは5郷の騎馬がつらなる行列の先頭となって雲雀が原(びばりがはら)の祭場地にむかう。そしてそこで呼び物の甲冑競馬と神旗争奪戦が行われるのだが、たびたび記しているように、今年はそれらが中止となった。

 中ノ郷騎馬会でも会員がひとり、会員の家族が3人、そして多くの馬が津波で命を落としている。

 例大祭が終わり、相馬市のホテルへの帰途、相馬港周辺の海沿いに立ち寄った。私が泊まったホテルや相馬中村神社からクルマで10分もあれば着くその一帯は、今も津波の傷跡が生々しく残っている。

桜井勝延市長
相馬港近くの住宅地は津波に破壊された

 最終日の7月25日(月)、南相馬市原町区の多珂神社に小高郷と標葉(しねは)郷の騎馬武者82人が集結し、出陣式や「上げ野馬神事」などが行われた。本来なら、小高区の相馬小高神社で、数十騎の騎馬武者が追い込んだ裸馬を御小人(おこびと)たちが神前に奉納する「野馬懸(のまかけ)」が行われるはずだったが、小高神社が原発20キロ圏内の警戒区域にあるため、ここ多珂神社を小高神社に見立て、略式の野馬懸が実施されることになったのである。

桜井勝延市長
多珂神社で行われた出陣式で黙祷

 出陣式の初めに、津波で亡くなった小高郷の騎馬武者、蒔田匠馬さんの冥福を祈り、おごそかに礼螺が吹き鳴らされるなか、黙祷が行われた。

 騎馬武者たちとともにとじていた目をあけ、関係者が座るテントの前に歩み出た私は、その場から動けなくなった。

 私よりいくつか若い男性が、胸に遺影を抱いていた。その遺影は、ここに集結した騎馬武者たちのように白い鉢巻きをした、整ったルックスの若者のものだった。津波で命を落とした蒔田匠馬さんである。今年20歳になったばかりで、遺影は成人式のときの写真だという。

桜井勝延市長
津波で亡くなった蒔田匠馬さんの遺影を抱く父・保夫さんと母・フサ子さん

 蒔田匠馬さんの父・蒔田保夫さんは、匠馬さんとともに毎年野馬追に参加していた。

「本当なら一緒に出ていたはずだと思うと悔しいです。亡くなったのが息子だけだったら弔いの意味で私もきょうの出陣式に参加していたかもしれませんが、妻の両親も津波で亡くなり、葬儀もまだできていないので、こうして見守ることにしました」

 匠馬さんは小学校6年生のときから騎馬武者行列に参加し、去年と一昨年は、甲冑競馬と神旗争奪戦にも出場したというから、かなりの乗り手だったようだ。

 蒔田保夫さんは、自宅が小高区の警戒区域内にあるため郡山の借り上げ住宅で暮らし、そこから職場に通っているという。

 出陣式につづいて上げ野馬神事が行われ、境内に曳かれてきた3頭のうち、ほぼ真っ白になった芦毛馬が神馬(しんめ)として奉納された。この馬も元競走馬で、JRAで2勝した、11歳せん馬のスキップリターン(父Skip Away)である。

桜井勝延市長
神馬として奉納されたスキップリターン

 ここに来た3頭は、小高郷騎馬会長の本田信夫さんの住まいに隣接した10馬房ほどの厩舎で繋養されていたが、今は鹿島区に避難しているという。

 本田さんの息子の妻・本田宏美さんも、小学生のころは騎馬行列に参加し、中3、小3、小1の3人の子供たちも毎年参加している。

「開催されたのは嬉しいですが、こういう形になったのはやはり残念で、複雑です」

 そう話す宏美さんの子供たちは会津に避難し、彼女とご主人は鹿島区のアパートを借り、原町区の職場に通っている。

 みなそれぞれ大変な状況に置かれながら、こうして集まり、伝統をつないだのだ。

 なお、ここにいる3頭のうちのもう一頭も元競走馬で、12歳せん馬のシルクファイナル(父ナリタブライアン)である。もう一頭はサラブレッドとは少し体型が異なる牝馬で、宏美さんは「この子は雑種です」と笑った。

桜井勝延市長
奥からスキップリターン、シルクファイナル、雑種の牝馬

 相馬行胤総大将は、この日の訓示でも、亡くなった騎馬武者たちについて話すとき、言葉を詰まらせ、震える声を絞り出すようにしていた。

「自分の役割は、どうにか果たすことができたと思います。参加できなかった仲間たちが見守ってくれたおかげだと思うので、感謝しています。こういう相馬野馬追があったことを、後世に伝えていきたいですね」

 直会を終えた彼は、そう話して多珂神社をあとにした。

 また、「大殿」こと相馬和胤公は、

「千年の歴史の重みと、これを途絶えさせてはいけないという人々の熱意を感じました」

 と「特別な野馬追」を終えた感想を語った。

 境内を出る人の流れが途絶えかけたころ、津波で亡くなった蒔田匠馬さんの父・蒔田保夫さんとともに駐車場へと歩いた。彼は42歳だという。

 私は自分の仕事について簡単に説明し、前週、武豊騎手とともに南相馬市に来たことも伝えた。そして、

「本当は、武騎手と、きょうの上げ野馬神事に来れないものかと話していたんですよ。でも、時間的にどうしても無理なので、桜井市長との対談という形にしたんです」

 と私が言うと、蒔田さんは、

「確か武さんは昨日函館でしょう」

「ええ、函館記念に乗っていました」

「間に合うように来るのは無理ですよね」

 という蒔田さんの言葉を聞きながら、彼が競馬についてある程度知っていることを嬉しく感じた。

「相馬野馬追に出ている馬って、元競走馬がものすごく多いんですよね」

 私がそう言うと、蒔田さんが歩みを止めた。

「ぼくもマイネルなんとかで野馬追に出たことがありますよ。なんだったかな……あ、マイネルアムンゼンだ」

「え? それ、一昨日の行列で総大将が乗っていましたよ」

「ホントに? 気がつかなかったなあ」

「こんな流星があるやつ」

「そうそう。5、6年前、あの馬で行列と旗取り(神旗争奪戦)に出ました。甲冑競馬では乗ってないですけど」

「そうなんですか。今は相馬中村神社の厩舎に避難しているんです」

「あの馬、うるさくてねえ。『会津白虎まつり』というのがあって、あの馬に俳優の千葉真一さんが乗ったんだけど、嫌がって降りちゃった。まだタマ取ってなかったからね」

「蒔田さんが乗ったときもタマ付き?」

「うん、タマ付きの最後のほう」

 と笑う蒔田さんを見て、馬という生き物や、相馬野馬追のような祭りには、彼のように大きな悲しみを持った人までも笑顔にする力があるのだな、と思った。祭りだとか伝統行事というのは、こういう効能で人々を癒し、力づけるためにあるのではないか、とも。

 ――来年こそ相馬野馬追を

 雲雀が原の祭場地には、そう記された横断幕が掲げられている。

桜井勝延市長
ひっそりとした雲雀が原祭場地

 風にはためくその文字を見て、来年も必ずここに来ようと思った。そして、南相馬市の桜井勝延市長、「大殿」こと相馬和胤公、相馬行胤総大将、田代麻紗美禰宜、中野美夏さん、堀川史恵さん、本田宏美さん、蒔田保夫さん――といった人々との再会を果たしたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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