先週発売された「週刊アサヒ芸能」の特集「伝説の引き分けの舞台裏」で、あれこれコメントさせてもらった。JRA史上初のGI・1着同着となった昨年のオークスや、タマモクロスがダイナカーペンターを追い詰めて同着に持ち込んだ1988年の阪神大賞典などについて話したのだが、年を経るごとに話が長くなる私の場合、言いたいことの周辺事情を説明するだけでも1時間や2時間はあっと言う間に過ぎてしまう(相手は「あっと言う間」とは感じていないかもしれないが)。
ということで、今回は、そのとき話し足りなかったことを中心に、同着や僅差での決着などについて書いてみたい。
2400mや3000mといった長い距離を走ったすえに頭差やハナ差といった僅差で決着することが多いのは、競馬の特徴であり、面白さでもある。
私は、競馬というのは競技の性質上、同着や僅差の決着になりやすいものだと考えている。どういうことかというと――。
サラブレッドは、人間の手(思惑と言うべきか)によって改良をかさねられてきた動物であるが、もともとは野生の馬である。馬のような草食動物は、捕食動物から逃げてこそ生きつづけることができる。馬の場合、穴を掘ってもぐったり木に登ったりするのではなく、大地を走って逃げる。また、馬には他の多くの草食動物と同じく、群れになって暮らす習性がある。つまり、馬には、群れて逃げる=群れて走る習性があるわけだ。
私たちは普段、何の気なしに「馬群」という言葉を使うし、レースで複数の馬が同じ速度でひとつのかたまりとなって走るシーンをごく当たり前のものとして見ている。しかし、ドッグレースを見たことがある人ならおわかりだろうが、これが犬なら、周囲の流れに合わせて走ることなどまずしない。
馬は群れて走ることによって身の安全が保障されるわけだから、競馬では「流れに乗る」ことが大切になる。多少オーバーペース気味であっても群れ全体の流れに乗るほうが、一頭だけで数字的には楽なはずのラップを刻んで走るよりも心身の消耗が少なくなる。だから、騎手たちは、速いとわかっていても、群れにおけるその馬の定位置が先頭に近いところならそこにつけるし、遅いとわかっていても後ろにつけざるを得ないこともあるのだ。
話を本題に引き戻すと、要は、サラブレッドという動物は、もともと群れて走ろうとするものなのだ。あのディープインパクトでさえ、しばらく他馬と併せていると、
――もっと一緒に走ろうよ。
と思っているような気配を見せることもあったという。
であるから、走り終えるときも、本能的に他馬とそう離れないところにいようとするはずだ。だから競馬では、人間や犬のレースより接戦が多くなる。そういう闘いのほうが、見るのも参加するのも面白い。世界中で競馬が行われている(野球やサッカーのプロリーグがない国にも競馬場があることは多い)のは、だからだろう。
それに関してもうひとつ。
馬の群れにはリーダーがおり、当然、逃げ足が速かったり、逃げ方の上手い馬がその座につくはずだ(生産牧場のイヤリング担当者によると、サラブレッドの若駒の序列は必ずしも競走能力と一致しないという。若駒だけ集めて隔離された、特殊な状況に置かれているからだろう)。で、そのリーダーと同じように走れば捕食動物から逃げ切ることができる、ということを、群れのメンバーは本能的に理解している。
サラブレッドは、相手のことを覚えているのではないかと思うくらい(そう断言する厩舎関係者もいる)、しょっちゅう同じ馬に負ける。ゴール直前までグーンと伸びてきて、一気にかわすかと思いきや、その馬に近づくとブレーキをかけるような感じで失速し、負ける……といったことも珍しくない。それは、いつも負けている側から見ると、先着する馬は群れのリーダー的というか上位の存在で、
――あの馬より前で走ったら危ないのでは。
と本能的に感じるからではないか。リーダーの指示どおりに逃げていれば食われずに済んだのに……ということにならないよう、追い越さずにいるのかもしれない。
競馬において、抜きんでた競走能力を見せるスーパーホースは、ここに記したような本能的な拘束を打ち破ることができる。動物としては「自分と群れの仲間との関係」を本能的に最優先にしがちだが、レースにむけて仕上げられたサラブレッドとして「自分と鞍上、あるいは世話をしてくれる人間たちとの関係」を最上位のものとしてとらえ、文字どおり人馬一体の走りを見せてくれる。
サイレンススズカは、全体の流れとは無関係な、自分だけにとっての理想的なラップを踏んで「稀代の逃げ馬」となった。
私がスマイルジャックを好きなのは、スマイルにも、「動物としての馬」の本能的なものを超越し、「競走馬としてのサラブレッド」に求められる仕事をこなす強さを感じるからだ。スマイルは、スーパーホーネットやアブソリュート、ファリダットあたりを自分より上位だと認めてしまったのかと思われた時期もあったが、やがてこれらの馬をあっさり負かすようになった。ただ一頭、カンパニーに対してだけは、
――カンパニーさん、あんたには敵いませんぜ。
みたいに一目置いていたようだが、そのカンパニーが引退してからずいぶん経つ。
スマイル、そろそろお前の番だ。本稿のテーマじゃないが、ハナ差でも、場合によっては同着でもいいから、デカいところを獲ってくれ。