迂闊にも、今週月曜日に「週刊競馬ブック」をひらいて初めて、贔屓のスマイルジャック(美浦・小桧山悟厩舎)が毎日王冠を回避することを知った。そのブックの「オープン馬・準オープン馬近況レポ」には、スマイルについてこう書かれている。
「中間はリフレッシュのため放牧。現在は帰厩し、調教を再開しているが、一頓挫あったため予定していた10月9日東京の毎日王冠は回避。次走は未定」
「一頓挫」ってなんだろうと思ったまま、週央、美浦トレセンに行った。
その日、ユニオンオーナーズクラブの会報「マイホース」のため伊藤圭三調教師にインタビューする約束をしていたのだが、少し早く着いたので小桧山悟厩舎の大仲を覗くと、ちょうど小桧山調教師がいた。
「これから伊藤圭三厩舎に行くんだろう?」
と小桧山調教師。
「なんで知ってるんですか?」
「お前のすることは、なんだってあらかじめわかるんだよ」
私と30年近い付き合いのある「コビさん」こと小桧山調教師はそう言って笑った。
どうやらユニオンのスタッフから聞いていたらしいが、そこまで私のことをわかっているコビさんなら、私がスマイルのことを心配していることは当然わかっているはずだ。
ということで、訊いてみた。その答えにほっとした。人間で言うなら、膝がガクガクしていたような状態で、故障したわけではないという。あのクラスの馬になると、そうした不安をかかえたまま出走させるわけにはいかないので回避させた、ということだ。時計を出していないだけで、馬場入りはしているという。
次走は、ぶっつけでマイルCSになるかもしれないとのこと。その後、香港遠征のプランもあるようだ。なお、ここに記したスマイルの今後の予定はあくまでも「可能性」であって、変更される「可能性」もあることをおことわりしておく、念のため。
今年の東京新聞杯でカメラ目線のスマイルジャック。
向かって右は梅澤聡助手、左は芝崎智和助手 スマイルの馬房に行ってみると、ちょうど水桶に顔を突っ込んでいるところだった。前に立った私を無視してすぐカイバ桶に口を移し、バリボリと美味そうに食べている。「今はメシ食ってるんだから、おれに構うなモード」である。
この馬はものすごく性格がハッキリしていて、そのときの気分によって、別の馬かと思うほど違った表情を見せる。
以前、遠征先でレースを終えたあと、ともに厩舎の看板馬だったベンチャーナインと隣の馬房に入っていたときのことだ。何人かの厩舎スタッフや私やフォトグラファーがみなベンチャーの前に集まり、
「よく見るとかわいい顔しているね」
といった話をしていると、すぐ近くでガシャーンと大きな音がした。スマイルが、馬房の脇に立てかけてあった厩栓棒をくわえて倒したのだ。
「ヤキモチ?」
芝崎智和調教助手がポツリと言って私たちの顔を見回した。
「そうかスマイル、悪かったな」
と私が機嫌をとりに行っても、イジけたのか、撫でてもさすっても反応しない。普段は「人の手はかじるもの」と思っているのではないかというくらいガブガブ噛みつきにくるのに、それもしない。話は逸れるが、スマイルを担当する梅澤聡調教助手は、噛みつきにくる動きもほかの馬より速いので大変だと笑っていた。また、この馬を扱ううえで梅澤助手がコビさんに言われたのは、
「普通の馬より脚の動く範囲が大きいから気をつけろ」
ということだった。スタッフが口を揃えるように、スマイルは、人に対してわざわざ自分から尻を向けて蹴ろうとするような嫌らしいことはしない。が、梅澤助手がしゃがみ込んで前脚のケアをしているとき、スマイルとしては軽い気持ちで後ろ脚をクルリと回しただけでも、それが梅澤助手の体をかすめてヒヤリとしたことがあるという。
私がウオッカなどのオーナーブリーダーとして知られる谷水雄三氏にスマイルの父、タニノギムレットについて話を聞いたときも同じようなことを言っていた。谷水氏がギムレットの脇に立ったとき、
「会長、この馬の脚はそのあたりまで届くので気をつけてください」
と言われ驚いたという。私がスマイルの同じようなやわらかを示す前述のエピソードを伝えると、谷水氏は興味深そうに頷いていた。
スマイルは基本的には「さびしがり屋」で、普段稽古をつけている芝崎助手によると、トレセンで馬場入りするときもほかの馬が一緒にいないと嫌がるという。人間に対してもそうで、基本的には「かまってもらいたがり屋」である。スマイルは、よくカイバ桶の端をかじって持ち上げ、パッと離して厩栓棒に当ててガーンと音を出して遊んでいるのだが、そのときは「おれを見てくれモード」のようだ。が、遊ぶのに飽きると馬房の奥に引っ込み、置物のように動かなくなる。好物のニンジンを差し出されてもピクリともしない。
いつだったか、レース後、競馬場のスマイルの馬房に馬運車が迎えにくる夕刻までいたことがあった。梅澤助手が頭絡を持って馬房の前に来ると、それまで「置物状態」になっていたスマイルが急に目をキラキラさせ、顔をこちらに突き出した。そして、余計な動きを一切せず、素直に梅澤助手に頭絡をつけさせた。レース後、競馬場の厩舎にいるとき、こうして頭絡をつけたら馬運車に乗り、トレセンの「我が家」に帰ることができるとわかっているのだ。
そんなスマイルの顔を撫でながら、アメリカの競馬場でレース直前に放馬した馬が、そのままコースを出て厩舎地区(アメリカは日本の地方競馬同様、コースと厩舎が隣接している)に行き、自分の厩舎に戻って行ったシーンを思い出した。
馬は自分の家が大好きな生き物なのだ。
スマイルのことを書き出すと止まらなくなり、しかも、とりとめのない話になってしまう。今回はこのくらいにしておこう。