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ドバイの余力

  • 2012年03月31日(土) 12時00分
 日本時間の3月26日、月曜日の夜10時成田発の飛行機に乗り、こちらの時間の27日、火曜日の早朝ドバイに入った。空港からそのままメイダン競馬場に行き、スマートファルコンの追い切りやトランセンドの馬場入りなどを見て、藤原英昭、矢作芳人、小崎憲各調教師の囲み取材をし、スタンド上階のプレスルームで取材章を受け取り、プレスを含む関係者に用意された朝食バイキングを食べて……という、2008年から恒例にしているドバイ取材がスタートした。

 たかだか1週間程度の滞在とはいえ、関東では花粉がもっともキツい時期である。こうしてスギ花粉のない場所で過ごしていると、口のなかや体中が痒くなったり、目がショボショボしたり、突然鼻水がツーと垂れて人に驚かれたりすることもなく、心身のストレスが劇的に軽くなっていることを日々実感できてありがたい。また、時差も日本より5時間遅れているだけなので、こっちにいても帰国後も時差ボケせずに済む。

 そういう気楽さがある地でありながら、ここは文字通り「砂上の楼閣」がそびえ立つ別世界である。初めて来た08年ごろは、世界の建設用クレーンの50パーセントはドバイに集中している(パーセントは諸説あった)などと言われていた。それは本当かもしれないと思うほどあっちでもこっちでも大きな建物を建設中で、前日ホテルのエレベーターホールから見下ろした建設中のメトロの駅が、翌日見るとずいぶん出来上がっていたりと、現在進行形で増殖している都市に抱かれていることが感じられ、何とも言えない気持ちになったものだ。

 中心部からバスに1時間ほど揺られて着いた、古代ローマの円形劇場を思わせる巨大な会場(大きさは日本の国立競技場ぐらいか)で行われた「アラビアンナイト」という催しを見たときは、「お金の力」に圧倒された。ほかに何もない砂漠に突然巨大な屋外施設が現れ、すり鉢状になった底の部分にステージがあり、それを囲む観覧席をさらに囲むようにバイキング形式の料理が並んでいる。それをとりに行かずとも、席についているだけで次々とウエイターとウエイトレスが御用聞きにやってくる。人間の踊りや馬やラクダのパフォーマンスなどが披露されたあと、数百発、いや、数千発とも思われる花火が延々と(おそらく連続30分ほど)打ち上げられた。その催しに、世界中の競馬関係者やジャーナリスト、現地企業の関係者などを招いているのだ。

 それまで私は、「お金の力」というものに縛られないようにしていたし、また、軽視してもいた。私に限らず、物書きの仕事のひとつに「お金以外の価値を見いだし、提示すること」があると思っている。月並みな言い方になるが、「金で買えないものにこそ大切なものがある」と。

 ところが、コンクリートが日々砂漠を浸食する様を目撃し、さらに、そのとき限りで消え去るものにこれだけ莫大な費用を注ぎ込みながら歓声を上げるでもなく、ただ見つめているアラブの王族を見て、ある種の感慨めいたものが湧いてくるのを感じた。

 ――財力があれば、こんなことができるのか。お金の力というのも、ここまで来たらすごいものだな。

 と思った。言い過ぎかもしれないが、これは一種の「創世」のようにも感じられた。

 さて、当時、ドバイワールドカップはナドアルシバ競馬場で行われていた。コースは大きかったが、スタンドは収容人員8千人という小振りなものだった。そのすぐ隣に現在のメイダン競馬場がつくられた。収容人員は8万人とのことだが、もっと入っても大丈夫そうだ。

 08年に行われた、メイダン競馬場建設に関するプレス発表会では、オフィス街やショッピング街や居住区のある「メイダンシティ」から船で運河を通ってメイダン競馬場に来ることもできる、巨大な未来都市構想が紹介されたのだが、あれから4年経った今、メイダンにあるのは競馬場だけだ。その競馬場だって、完成したはずの2010年のドバイミーティングのときは、まだスタンドやコース周辺のあちこちで重機の音が響いていたし、今も本来ならガラスがはまっているべきところにビニールが貼られていたりと、少々ほころびが見受けられる。

 ドバイのバブル崩壊が報じられたのは、確か08年の暮れから09年の年明けにかけてだった。その後、世界を揺るがせた「ドバイショック」で、ドバイが危機的状況にあることが明らかになった。

枠順抽選会

枠順抽選会

 そんななか、世界最高賞金を誇るドバイワールドカップの舞台が新設されたメイダン競馬場に移ったわけだから、今のメイダン競馬場、そしてドバイワールドカップは、「ドバイの余力」のバロメーターでもあり、その象徴とも言えそうだ。

 例えば、去年まで用意されていたプレス用の朝食バイキングの料理が半分ほどになり、注文してからつくってくれるオムレツコーナーなどがなくなり、ほとんどパンと飲み物だけになってしまったり、アルクオーツで行われている調教のプレスツアーや先述したアラビアンナイトなどがなくなったり、枠順抽選会が海辺のホテルではなく競馬場内で行われるようになったり……というコストカットに関する部分がどうしても目につく。

ウェルカムレセプション

ウェルカムレセプション

ものすごい数の花火

ものすごい数の花火

 しかし、コストカットは「コスト削減の努力」であり、そのために脂汗を流しているのはドバイに限った話ではない。高く飛び上がる前にかがみ込んでいるため、見かけ上小さく見えるだけの状態にすぎない、と、前向きにとらえることもできる。

 木曜の夜、アラビアンナイトに替わって行われたウェルカムレセプションでは、入口近くでシンクロナイズドスイミングをしている女性や、人魚スタイルのコンパニオン、上空からスポンサー名の入ったパラシュートで降りてくる人がいたり、10分弱だがドカドカとものすごい数の花火が打ち上げられたりと、派手な演出でゲストを楽しませようとする精神はそのままであることが伝わってきた。今年初めて来た日本人記者は「ひょえー」と驚きの声を挙げていたし、私も「コストカットしてもまだすごいなあ」と感心した。会場こそ小さくなったが、それでもこのためだけに用意された海辺の特設会場で、料理の内容に限って言えば、アラビアンナイト時代よりもレベルが上がっていた。

 やはり、今もドバイはドバイである。ということは、ドバイワールドカップは、今年も「ワールドカップ」の名にふさわしいクオリティの熱戦になるに違いない。

 こちらの時間の土曜夜9時40分、日本時間の日曜2時40分のスタートが楽しみである。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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