今年は、11月のマイルチャンピオンSと同じ京都の外回り1600mに舞台を移して行われた。そのマイルチャンピオンSの勝ち馬5歳エイシンアポロン、昨年のNHKマイルCの勝ち馬4歳グランプリボス、安田記念の4歳馬リアルインパクトがそろったから、マイル重賞とすれば現在の国内でもっともレベルの高い組み合わせだろう。
「マイルのチャンピオンは、めったなことでは崩れない」とされる。近年では、ダイワメジャー(マイルCS2連勝)、ウオッカ(安田記念2連勝)、デュランダル(マイルCS2連勝)、ちょっと以前のアグネスデジタル、タイキシャトル、オグリキャップ…など、自分の守備範囲の距離では決して大きく崩れることはなかった。
よほど体調でも悪くないかぎり、スピード能力をベースとする総合能力で他馬と一戦を画すケースが多いからである。これが、マイル戦が基本の距離とされる理由のひとつだろう。レースの流れうんぬんはさして関係ないからでもある。 圧倒的な能力差という視点は別にして、フランケル、ゴルディコヴァ、ロックオブジブラルタル…など、海外のマイルのチャンピオンも自分の距離ではまず崩れていない。
それを考えると、6月のGI安田記念のステップにあたるGII重賞ゆえまだ完調ではなかったとはいえ、人気のリアルインパクト(1番人気で18着)は、鼻出血でも起こしたのかと心配される内容。前出フランケルにも挑んだグランプリボスは13着、エイシンアポロンは少々太め残りだったとはいえ、4番人気で14着。GIホース3頭はしんがり争いをしてしまった。東京に移ったからといって、たちまちそろって巻き返してくるとはさすがに考えにくい。古馬のマイル路線、混迷の勢力図はつづきそうである。
勝ったのは、昨年のマイラーズCの勝ち馬シルポート(父ホワイトマズル)。シルポートの逃げ一手はもう知られるところで、今回のような快勝もあれば、凡走もある。オープン馬になって以降、これで1600mは9戦して[4-0-0-5]。この時期に良績が集中する季節ホースの一面もあり、今回の内容が素晴らしかったからといって、昨年8着(1分32秒4で、差は0秒4。4番人気)の安田記念で、今年はさらに内容アップとも思えない。難儀な馬である。しかし、稍重の馬場を1分33秒2(レースバランス46秒2−47秒0)は高く評価しなければならない。昨年、阪神のこのレースは良馬場で1分32秒3(46秒6−45秒7)だった。
シルポートはスローの逃げもあれば、昨年のマイラーズCを、前半1000m58秒0で行って後半3ハロンを34秒3でまとめた平均(標準)ペースの逃げも打てる。すっかり手の内に入れた小牧太騎手の思いのままのペースをこなせる。昨年は58秒0で1000mを通過したあと、後続を引きつけるどころか、他馬が差を詰めようとスパートをはじめる勝負どころでまったくペースを落とさず、むしろピッチを上げてセーフティリードをつけた。これが、ほかの逃げ馬とは異なるシルポート(小牧騎手)の最大の武器。これだと最後は自分も苦しくなるが、並みのスパートでは追いつけない相手もやっぱり苦しい。動けばゴールまで伸び切れない。
コースが変わった今年、稍重馬場で前半1000m通過57秒5はかなりきついハイペースである。もっと馬場コンディションのいい11月のマイルチャンピオンシップ(GI)でも、前半1000m通過57.5秒を上回るハイペースはわずか3〜4例しかない。しかし、今年も4コーナーにさしかかる1000〜1200mの1ハロンは11.2秒だった。どのレースでももっとも速いラップの刻まれる2ハロン目を別にすると、後続が進出開始の勝負どころでレース中の最速のラップを刻んで、差を詰めさせていない。当然、最後は12秒7。ラップは落ちたが、シルポートにとってはもう勝敗の帰趨は決したあとの、2着馬との1馬身差なのである。
もう賢明なファンは推測できる。ダンシングブレーヴ系の最大の長所(行っても控えても、どこかで一気にスパートしないと変幻自在の鋭さは発揮しにくい)を武器にするシルポートにとって、もしこれが最高の戦法とすると、東京では少々難しい。一番苦しいところに坂がある。
昨年のシルポートは、安田記念で1000m通過57.0秒。いつもの逃げ作戦。そこからペースダウンして引きつけたらシルポートは(たぶん)アウトなので、やっぱり11秒2とペースアップした。しかしあまり後続をつき放せず、坂を含めての長い直線の残り400mをしのぎ切ることはできなかった。大バテしたわけではないが、0.4秒差の8着だったのである。おそらくシルポートにとって最良の「肉を切らせて…」の戦法は東京ではベストではないのである。今年も主導権は譲らないと思える。どんな形の逃げ作戦にでるのか、実に楽しみ、興味深い。
2着ダノンシャーク(父ディープインパクト)は、これでマイル戦[1-4-1-2]となった。連を外した3回は、出負けが最大の原因で、それでも1600mでは負けてもすべて0秒5差以内である。今回はスタートもうまく出て、巧みに中団のインで脚をためることができた。最内を通って追走しながら、上がり35秒7まで落ち込んだシルポートを捕まえ切れず、今回は1馬身の差以上の力の開きを感じさせてしまったが、こちらは上昇一途の4歳馬。同じような位置取りの安田記念を展望するなら、シルポート逆転は十分可能と思える。
3着コスモセンサー(父キングカメハメハ)は、シルポートと同じ西園厩舎。同じような好スタートからこちらは先手を譲る形になり、結果、シルポートの援護に回ったようにとらえるむきもあるが、ではシルポートに接近して離れず、京都16000mの前半を46.2-57.5秒…に近いペースで先行したなら、勝機はあったか、2着はあったか。と考えると、いったん控えて、幸騎手があれだけ最高に乗ったから3着を確保できたのではないか、そちらの見方に賛成したい。自分でレースを作った東京新聞杯では、非の打ちどころなしの完ぺきなレースでガルボに差されている。コースは異なるが、自己最高の1分32秒4で抜け出したニューイヤーSと同様、2〜3番手から抜け出す戦法がベストだろう。
2番人気トーセンレーヴ(父ディープインパクト)は、マイル戦は今回が2戦目。まだ自分の形ができていないところがあるうえ、身上の切れ味を、流れのきびしいマイル戦でいかに生かすか、きわめて難しい馬と思える。再三の日本のスピードレース経験を糧に、やがてトップ騎手に育ったO.ペリエ騎手や、M.デムーロ騎手を思うに、この先はともかく、好漢ながらピンナ騎手(23)ではまださすがに役者不足というものだろう。彼は、東京コースの方がいい。
人気のエイシンアポロンは、最終追い切りの迫力は目立ったが、プラス10キロはさすがにちょっと太め残りだったか。止まってしまった。グランプリボスの試行錯誤(停滞)は、完全復調までにもう少し時間を要する気がする。また今回は、体調からしてあまりいいとは思えなかった。
一方、リアルインパクトの今回の動きは上々とみえたが、関西圏に遠征するとレース内容が急に悪くなってしまう。今回は滑る芝もあったか、最初からレースの流れに乗れなかった。東京で巻き返さなくてはいけないが、GI馬のしんがり負けは自身のプライドが傷ついた危険がある。