今年の日本ダービーは、入場人員、売り上げともに東日本大震災の影響を受けた昨年の実績を大きく上回った。年に一度の競馬の祭典であり、3歳馬たちにとっては生涯たった1度しかないチャンスである。日高の期待を背負って出走したゴールドシップと、出走馬の半ばを占める社台グループ生産馬(その代表はワールドエースであった)との戦いは、見ごたえのあるものだった。
ことさら「日高VS社台」の構図に仕立てたくはないが、今回のダービーは、人気の面からも有力馬の勢力図が均衡していた。ゴールドシップが皐月賞を制し、ダービーで2冠の期待がかかっていたこともあり、「社台」をもじって“社内”運動会と揶揄されるようなワンサイドゲームが目立つ昨今のGI競走の中では珍しく日高産馬にも有力馬が複数見受けられた。

鼻差Vのディープブリランテ(撮影:森内智也氏)
終わってみれば、単勝3番人気のディープブリランテが内側を抜け出し、離れた外側から突っ込んできたフェノーメノを鼻差で抑えて戴冠を手にした。際どい好勝負であった。そして、同じ服色のワンツー(サンデーレーシング)でありながら、ともに日高産馬(パカパカファーム=新冠町、追分ファーム=平取町)という結果となった。
種牡馬別で見ると、掲示板に載った5頭はディープインパクト3頭、ステイゴールド2頭と、このところの生産地のトレンドを象徴するような結果だったのはある意味予想通りだが、それと同時に、「日高産社台グループ馬」が健闘したのもまた昨今の生産地事情の表れと言えよう。
浦河に住んでいるとなかなかその実態が見えて来ないのだが、日高管内でも中西部に行くと、社台グループ各牧場(社台ファーム、ノーザンファーム、白老ファーム、追分ファーム)から繁殖牝馬を預かり、生産している中小牧場が少なからず存在する、という。
また生産は行わず、空胎馬を預かり、春の交配シーズンに種付けをして受胎させた後、秋に戻すことを請け負う牧場もある。名前は伏せておくが私の知人もそうやって10頭前後の繁殖牝馬が常にグループから送られてきており、秋に受胎馬を返すと、入れ替わるように次の空胎馬が送り込まれてくる。
いわばメーカーの下請け工場のような立場だが、それでも本人(知人)は「これがなかったらとても生活できない」と言い切る。預託料の支払いは確実に履行され、取引先としてはこの上なく良心的な相手なのだという。金額は推測の域を出ないものの、仮に空胎馬10頭を通年管理していれば最低でも1頭1か月10万円として、年間1200万円の預託料収入が見込める。中小牧場にとってこれはとてつもなく大きな金額である。
フェノーメノも、平取にあるこうした「契約牧場」で生産されたのだろう。不況がかなり深刻なレベルに達している日高では、間違いなく預託料を支払って頂けるオーナーの繁殖牝馬ならば喜んでお預かりする牧場が大半である。その際に、生産馬を誰の名義で登録するかはおそらく二次的問題で、ほとんどの牧場は「名より実を取る」のである。
社台グループ4牧場でどのくらいの数の繁殖牝馬が日高に預けられているのかまったく想像できないが、少なく見積もっても3ケタにはなるだろう。
こうしたことは普段あまり話題にしたがらない牧場が多い。事実、取材先でもオフレコで「実は社台から繁殖牝馬を預かっている」と告白されたことが複数回あるが、決まってその後に「これは書かないで欲しい」と付け加えられるのが常であった。
しかし、私からすれば、逆に社台グループから繁殖牝馬を預かっているのは何より信頼の証であるような気がしてくる。むしろ、胸を張っても良いくらいのことと思う。
私の知る範囲では、グループから繁殖牝馬が来ている牧場は、一定水準以上の労働力や土地面積、景観を有するところが多い。高齢者夫婦が狭隘な土地で、ようやく経営しているような牧場には預けてもらえないのである。ひとつのステータスと表現しても良かろう。
こうした点でも、今回のダービーは今の生産地を象徴するような結果であったと考えている。