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七夕賞

  • 2012年07月09日(月) 18時00分
 直前に行われた中京の「プロキオンS」は、伏兵6歳牝馬のトシキャンディ(父バブルガムフェロー)が逃げ切って波乱。人気馬は大きく崩れたわけではないが、難しい結果になった最大の要因は、新中京のダートは全16頭が初めて。というより、馬場改修期間が長かったから、旧中京のダートを経験している馬もたった3頭しかいなかった。これはジョッキーにも当てはまることで、新しいコースに「新設」されたダート1400m(芝からのスタート)に、うまく対応できたとはいえない位置取りになった馬が多かった気がする。トリッキーなコースではないから、中京のダート1400mに対するイメージができあがるまでの過程の難しさだろう。

 だが、勝ったトシキャンディのレコード1分22秒6は見事。一気に飛ばした1200m通過は日本レコードにも近い1分09秒0である。JRA未勝利で公営佐賀競馬に転じて盛り返し、とうとう重賞をレコード勝ちするまでになったから偉い。佐賀競馬は、JRA未勝利だとたしか最下級条件からのスタートなので、ただ1〜2勝するだけなら難しくないが、全体レベルは高くない。同馬は当地で9戦7勝。しかし、さすがに佐賀からJRAに戻ってここまで強くなったケースは珍しい。こういう再転入の成功は、佐賀時代に手がけたスタッフの誇りにもなるだろう。ささえる底辺は全国規模、改めてのその証明でもあり、こういうケースはもっと増えていい。

 七夕賞は、例によって難しい組み合わせで、結果もまた難解だった。地元福島のファンがかつての「1番人気馬26連敗」の記録をなによりの誇りにするくらいで、不確定要素にあふれている。今年はGIでも好勝負した4歳トーセンラー(1番人気で中身は勝ったにも等しい内容。しかし現実は2着)がいたが、中央場所のグレードレースで勝ち負けできるような馬は原則として出走してこない。条件再編成後だから、イキのいい4歳馬が出走してくることも少ない。だいたいみんな怪しい馬ばかりである。

 馬場状態からして微妙だった。稍重にまで回復はしていたが、思い描いた位置を確保するための最初の1コーナーはともかく、ずっとインキープでは最後は苦しくなるのはどの騎手も分かっている。人気上位馬の多くはほとんどが内枠。少し内ラチから離れて進みたかったが、小回りの接戦だから、簡単には外には出してもらえない。

 有力馬ほど春も稼働しているケースが多いから、そのシーズンが終了したいま、絶好調である理由がない(たとえば2番人気のタッチミーノット)。

 福島コースに好走経験があるのは、トップカミング、ミキノバンジョー、ニシノメイゲツ、サンライズベガ、スマートステージの5頭だった。しかし、5歳の有力馬がそろった今年は、それは格下の証明か、かつての成績を意味している。一方、上位5番人気までに推された馬はみんな初コースだから、こちらも信頼性は高くない。

 行くのはミキノバンジョー、ケイアイドウソジン。その通りだったが、最初からずっとハロン12秒前後の不思議なほどの一定ペースが刻まれ、レースバランスは「60秒3-60秒8」=2分01秒1。ペースアップも、レースが動いた場所はどこにもなく、上がり3ハロンさえ「12秒0-12秒2-12秒4」である。残った数字が示すのは、平坦に近い小回りの2000mとすると、信じがたいほどの淡々とした流れであり、耽々とした人馬は少なかったような印象さえ残ってしまった。

 まして、各馬の台頭の可能性をできるだけ同じようにしようとするハンデ戦。最近は、3連単が馬券売り上げの断然の主役だから、以前より、こういうレースが好きなファンと、なんでもありのこういうレースは好みではないファンに分かれるとされる。国や地域によっても差があるだろうが、世界の馬券売り上げの半分を占める東アジアの人びとは、もともとこういう七夕賞のようなレースは嫌いではないはずだが、まあこれは個人の嗜好でもある。人気順でならべると、今年の七夕賞は「14-1-7-13-6-11番人気」の決着だった。納得がいくか、いかないか、そこは競馬観の差である。

 世界の100か国近くで馬券発売の伴う競馬が認められ行われているのは、極端にいうと、不確定要素が多いからこそ賭けが成立し、かつ楽しみが生じる。そういうことである。外れて得心がいかず、自己消化が苦しくなると競馬は続けられない。

 ひそかに期待したトップゾーン(10番人気)は、レース前の返し馬でテンションが高くなり過ぎ、落ち着かせているうちに気が抜けたか、先行するはずが最初から流れに乗れず13着の惨敗。ひどく落胆して帰ってきたが、こういうレースだと分かっていて、もしはまれば…の伏兵に期待したのだから、これは仕方がない。というより「しかし、アスカクリチャンは買えないよなぁ」と慰め合うレースは嫌いではない。

 好位でサッと流れに乗り、じっと我慢して直線は少し外に出して叩き出したら、勝ってしまったアスカクリチャン(父スターリングローズ)。母の父ダイナレター(父ノーザンテースト)は小柄なダート巧者だった。血を伝える馬は少ない。その味わい、郷愁の七夕賞にふさわしい勝ち馬というしかない。内田博幸騎手は、たぶんこういう小回りの隙をみせたら負けのレースが一番うまい気がする。七夕賞だからこそ、かなり苦しいのではないかと思えたアスカクリチャンがスルスルと抜け出していいのである。

 稍重まで回復して死角の少なくなったトーセンラー(父ディープインパクト)は、負けたとはいえさすが。もまれて予想外に苦しい位置になったが、最後は猛然と伸びた。あと1完歩で差し切ったと思える惜敗だった。このあとはローカル重賞に再三顔を出すような馬ではないだろう。ゲシュタルト、ダイワファルコンは、ずっと外に出せなかったから、内寄りの芝が傷んでいた最終週の福島では仕方がなかった。タッチミーノットは、馬体重は増えていたのに逆にやけに小さく映ったから、ピーク過ぎだったと思える。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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