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フミノイマージンと太宰騎手の堪忍の心掛け

  • 2012年08月23日(木) 12時00分
「ものには堪忍という事がある。この心掛けを忘れてはいけない。ちっとは、つらいだろうが我慢をするさ。(中略)仕合せと不仕合せとは軒続きさ。ひでえ不仕合せのすぐお隣りは一陽来復の大吉さ。ここの道理を忘れちゃいけない」――太宰治の『新釈諸国噺』の中の「粋人」の冒頭の部分だ。

 思案のあまる窮境に立つことがしばしばあるが、こんなとき、一陽来復の道理は人間を救ってくれる。人生の深さを知り、世間の味わいを学びとることができるのは、そうした悲嘆のなかからではないか。

 だが、身をもって知ることは少ない。そこまでつきつめる勇気はなかなか出てこないもので、尊いチャンスをそうとは考えずにやり過ごしてしまっている。こうした現実、実感する向きは多いだろう。

 さて、これを癒してくれるもののひとつに競馬のシーンがある。このあいだもあった。

 フミノイマージンは、牝馬の重賞3勝の5歳時の成績から6歳の今年こそステップアップの勇姿が見られると期待されていた。ところが、直線で前が詰まるレースが2度続いて惜敗。重賞勝ちのいずれのレースも手綱を取っていた太宰騎手は、最近2戦は他の騎手に乗り代わっていた。

 身をもって窮境を味わった彼にとり、札幌記念は、尊いチャンスを活かす絶好の場。オークスの経験から距離の守備範囲は決まっていたし、どんなレースでも33秒から34秒台の脚は使えると分かっている。ならば、不完全燃焼を避けるにはどうすればいいか。頭で知ったのではなく、この身でつかんだ、思い直したこころのなかからわいた新しい智恵が彼を動かしたのだ。それがあの大胆な追い込みとなった。一線級の牡馬を破った太宰騎手の勇姿に、禍い転じて福となす、一陽来復の道理をみることが出来たのだ。

 堪忍の心掛けを忘れずに、悲嘆のなかから一歩前進した人馬の秋は、ずっと気になる。

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ラジオたんぱアナウンサー時代は、日本ダービーの実況を16年間担当。また、プロ野球実況中継などスポーツアナとして従事。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られる。

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