スマートフォン版へ

菊花賞

  • 2012年10月22日(月) 18時00分
 現在とは芝状態が大きく異なるが、その昔、菊花賞3000mで初めて「3分05秒台」の速いタイムが記録されたのは、1982年、快速ハギノカムイオーが飛ばしてレースを引っ張ったときだった。そのレースバランスは、「59秒5−63秒6−62秒3」=3分05秒4だったという記録がある。勝ったのはホリスキー。

 あのころから日本のレースは明確にスピード化が進んでいる。先導したハギノカムイオーはテスコボーイ産駒であり、この流れに乗って快時計で勝ったのは、マルゼンスキー(その父ニジンスキー)産駒のホリスキーである。以下に、3分04秒台のレコードの中でもっとも速いマヤノトップガンの記録、03秒台だったセイウンスカイのレコード、そして02秒台に突入した近年の3つのレースの中身を比較するために並べてみた。

▽1995年マヤノトップガン 「60秒9−63秒4−60秒1」=3分04秒4
▽1998年セイウンスカイ  「59秒6−64秒3−59秒3」=3分03秒2
▽2006年ソングオブウインド「58秒7−63秒5−60秒5」=3分02秒7
▽2011年オルフェーヴル  「60秒6−62秒1−60秒1」=3分02秒8
▽2012年ゴールドシップ  「60秒9−61秒2−60秒8」=3分02秒9

 長距離戦では、ため息の出るような超スローペースも珍しくないが、みんな初めての3000mとはいえ、こと菊花賞はレースの持つ意味も重みもちがう。クラシックの最終戦というより、やがて古馬のビッグレースを展望するための出発点だからだろう。ここに出走してくるからには、それは半信半疑の部分はあっても、底力の勝負に少し自信がある。

 遠い昔の菊花賞は、前半はゆったり運んで後半勝負。しかし、やがてスピード能力に優れたタイプが多くなると、そのスピードを生かすために最初からあまりペースを落とさないレースを試みる陣営も現れた。このときスタミナのあるタイプは、みんなが苦しくなった後半に抜け出すことが可能だった。その代表格は3分05秒0のライスシャワー、3分04秒6のナリタブライアンなど。ただ、スタミナを前面に出すトップホースはたちまち時代の波に飲み込まれた。

 やがて、3000mを「作戦」なしに乗り切るのはさすがにムリなタイプが多い時代になると、前半の1000mはそうペースを落とさずにリズムを作り、だれも動くわけにはいかない中盤の1000mでスタミナを温存し、後半スパートの形が多くなった。それを完成させたのが1998年のセイウンスカイ(横山典弘騎手)であり、中盤にペースは落としたが、3000mを前後半の1500mずつに2分すると、なんと「1分31秒6−1分31秒6」=3分03秒2。あざやかなレコードでスペシャルウィークを完封してしまった。

 さらに時代は進み、距離区分を超えて全体のレベルが高くなり、スローを好む脚質の馬やレベルに疑問の年を別にすると、中盤のペースダウンを必ずしも受け入れない陣営も現れた。

 2006年のペースを作ったアドマイヤメイン(武豊騎手)の2000m通過は、史上初めて2分02秒台(2分02秒2)であり、その流れを巧みに利したソングオブウインドが3分02秒7の快レコードを記録すると、高速に拍車をかける芝の整備も関係し、菊花賞は「3分02秒台」で決着して不思議ない時代に突入した。

 昨2011年、オルフェーヴルの年には、史上初めて「ハロン13秒台なし」の高速の3000mが実現した。ゴールドシップの今年も最初の1ハロンを除けば、あとはすべてハロン「11〜12秒台」であり、もっとも遅いハロンでさえ12秒6である。

 上記の記録はレースを先導した馬の残した記録であり、オルフェーヴルやゴールドシップはそれぞれレースの流れとはあまり関係ない位置取りから結果を残しているのだが、レースの流れ(バランス)にほとんど伏兵の台頭する余地を残さないペースを、結果、完勝でフィニッシュしているのだから文句なしだろう。とくに今年は、みんな強気だった。内枠で気合を入れたがダッシュつかず最後方まで下がって行ったゴールドシップを見ていたからでもある。

 今年、3等分した1000mずつの差は最大でも「0秒4」だけ。スタミナに死角のある馬は、よほど巧みな位置にいない限り、失速し伸びを欠くのはやむを得なかった。3000mとすると、おそらく史上もっとも厳しい内容の菊花賞3000mだったことが想像される。

 快時計の記録される日本の高速の芝では、3000mの菊花賞をオルフェーヴルや、ディープインパクトのように勝ってはじめて、凱旋門賞レベルのスタミナと総合能力の裏付けができる。だから、目標を高く掲げるときに、菊花賞の価値は守られる。ゴールドシップも合格である。

 どこにもペースの緩んだ場所がない流れの中、3コーナーの坂の手前から一番外を回ってどんどん順位をあげ、4コーナー先頭。菊花賞を4コーナー先頭に近いから制するのは、紛れを許したくないチャンピオンの勝ち方であり、オルフェーヴルも、ディープインパクトも、ナリタブライアンも、シンボリルドルフも、ミスターシービーも、さらにはメジロマックイーンもそうだった。

 菊花賞はなにも3冠の最後のレースではなく、このあと古馬のチャンピオンレースに加わるための出発点とすると、この秋、挑戦してきた多くの新星を成長力で上回り、実はもっとも進化していたのがゴールドシップだった、という見方もできる。父ステイゴールド、母の父メジロマックイーン。得心していいだろう。春より断然、強くなっている。

 スカイディグニティ(父ブライアンズタイム)のI.メンディザバル騎手は最後の直線は右肩の関節を脱臼していたという。馬も見事だったが、それでも右ムチを入れていたメンディザバル、さすがチャンピオンジョッキーの執念はすごい。メンディザバルのプライドによって、スカイディグニティの未来は大きく広がった。

 フルにスタミナ能力を生かしたユウキソルジャー(秋山騎手)も、ここ一番で十分に見せ場を作ったベールドインパクト(四位騎手)も、ゴールドシップに勝負を挑んでこの差だから立派なものである。流れの緩む部分がなかったレースで、「3分03秒台」を記録し、それでも力及ばずに終わったグループは仕方がない。今年は強敵が多かったということである。現3歳世代、この中〜長距離部門でも、マイル部門でも、ダートでも、期待されていたよりはるかにレベルは高い。

このコラムをお気に入り登録する

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

バックナンバー

新着コラム

アクセスランキング

注目数ランキング