人生、何の苦労もなく何の心配もなく、ただ泰平を楽しめればいいのだが、そうは事が運ばない。思案にあまる窮境に立つことだって無いとは言えない。しかし、それが身を持って知る尊いチャンスと思い、どう耐え、どう努力するか。その先にひとすじの陽がさしこんでくることを信じて思い直すことで、必ず道はひらけてくると私どもは信じている。そして、それが自分のことでなくても、そう見せてくれるシーンに感動を覚える。
NHKマイルカップのゴール前、6、7頭が横一線、外で一番スムーズに追い込んだ伏兵マイネルホウオウが勝ち、柴田大知騎手が初めて平地のGIタイトルを手中に。右手のムチを大きくかかげている彼のポーズでその勝利を確信した。平成8年デビューの36歳。双眼鏡を手に馬群を追っていたが、確認できたのは直線の坂を上ってから。声を張り上げながら込み上げるものを感じていた。感動のシーン、素直にこの言葉が表彰式のセレモニーのマイクの前で出てきた。スタンドから、大知、大知と叫ぶ声が。彼はそっちに顔を向けていた。ここに立つ直前、涙で声をつまらせていたが、勝利を少しは実感できたように見えた。
双子騎手として登場したときには、さすがに注目されていたが、そのうち全く勝てない年が2年あったりして、2年前、中山グランドジャンプを勝利したとき、トレセンの調教だけではなく牧場にも乗りに行き、1頭でも2頭でも騎乗のチャンスをと努力してきた話を聞いた。障害のGIを勝ったことで運が向いてくるのを願っていたが、少しずつ目にとまるプレイを見せるようになっていたので良かったと思っていた。
努力で引き寄せた運、努力をする者にしか振り向いてくれない運、苦しい時期を乗り越えたその晴れ姿は、表彰式を感動でつつんでくれた。久しぶりに司会のマイクの前で一陽来復を実感していたのだ。良かった。