「写」の文字が消え、電光掲示板にヴィルシーナの勝利を示す「11」番の数字が点滅すると、スタンドのどこからともなく自然に沸き起こったのは、拍手だった。ヴィルシーナ(父ディープインパクト)がようやくGI勝ち馬になったことを祝福し、展開された好勝負を称えるファンの反応は、自分の馬券の的中や、不的中とは関係なかった。
日本ダービーを頂点に連続する春のGIシリーズは、売り上げ額や、入場者数とかではなく、名勝負が繰り広げられることによって理想的な盛り上がりをみせている。
強力な逃げ=先行型不在のレースの流れを読むのは難しかった。そんな中、一番の好ダッシュをみせたのは、ここまでGIではずっと2着つづきの人気のヴィルシーナ。騎乗する内田博幸騎手は、天皇賞・春(ゴールドシップ)、NHKマイルC(エーシントップ)と連続1番人気で凡走つづき。気迫が違っていた。
逃げ馬不在の中、代わってすぐさまその内田騎手のヴィルシーナを制するようにペースメーカーを引き受けたのは、戸崎圭太騎手の騎乗した伏兵アイムユアーズ。前日、岡田祥嗣騎手(同じように今春JRA入り)が初勝利を記録している。JRA勢では蛯名正義騎手の気力あふれる連日の好騎乗が光っているが、「自分自身が高揚しなければGIなど勝てない」。とくにこのシーズン、ずっと伝えられる金言は改めてその通りだと思った。このレースに限ったことではないが、新人にも相当する戸崎騎手にレース展開の主導権まで握られ通しでは、JRAの騎手はその騎乗技術うんぬん以前に気迫負けである。
アイムユアーズ(戸崎騎手)の作ったレースの流れは前後半「46秒3-46秒1」=1分32秒4。前半の1000m通過は「58秒2」。GIのマイル戦とすれば決して速くはなく、昨12年、ホエールキャプチャが先行して抜け出した際の「46秒4−46秒0」=1分32秒4(1000m通過58秒2)と限りなく同一である。差し一手型には歓迎したくない流れだが、一般にどの馬にも有利不利の少ないのがこの一定ペースであり、敗因転嫁の「流れてくれなかった…」は通用しない。
ヴィルシーナの最大の勝因は、最初から強気に攻めの姿勢に徹したこと。自身の上がり3ハロンは「34秒0」であり、スローならもちろん同馬も33秒台のフィニッシュは可能だが、それは負けパターン。もっと切れる馬がいる。好スタートを決め、「この相手なら能力を出し切るとき、負けるわけがない」。最初から強気に前へ前へと展開させた内田博幸騎手の迫力、気力勝ちだろう。これでマイル戦【2−1−0−0】となったが、ベストが必ずしも1600mではないのは衆目一致の距離適性。ここを勝ち切った自信は、2000〜2400m級のビッグレース出走時に大きな意味をもってくる。
距離適性というなら、絶好調=蛯名騎手で2着に突っ込んできたホエールキャプチャ(父クロフネ)は、これでマイル戦【3−3−0−0】となった。昨年のヴィクトリアマイルを前出のように1分32秒4でドナウブルーに勝ったあと、2ケタ着順が5回も連続して完全に評価を落としていたが、「宝塚記念2200m→府中牝馬S1800m→エリザベス女王杯2200m→ダートのクイーン賞1800m→阪神牝馬S1400m」。このうち今回の条件にもっとも近い府中牝馬Sは負けたとはいえ0秒6差である。ほかは大敗。ホエールキャプチャはマイル戦で負けていたわけではなかったのである。すっかり大不振のイメージができてしまったため、また、絶好調とまではいえない体調から人気落ちになったが、今回の体調は必ずしも悪くなかった。あまりに候補が多過ぎて、さらに人気落ちになってしまったのである。
マイネイサベル(父テレグノシス)は、差しタイプの同馬にとって決して有利ではない最内の1番枠。速くはなりそうもない流れを読んで好位追走を余儀なくされたが、前半から自分で動いて行かざるをえない形は苦しかったろう。寸前に競り落とされたが、1分32秒5で乗り切ったから能力は出し切っている。数字通りの惜敗だった。目下絶好調。
上位に入った中ではNo.1の上がり33秒3を記録して大外から4着に突っ込んできたジョワドヴィーヴルは、今回、430キロの馬体重以上に体を大きくみせていた。2歳時の阪神JFを勝って以降5連敗となったが、そろそろブエナビスタの下らしい大仕事ができる体調が整ってきたのだろう。まだ今回で7走目。期待に応えられない時期もあったが、もう大丈夫と思える。
人気のハナズゴール(父オレハマッテルゼ)は馬群の密集した中団のイン追走となり、あまりもまれる位置でレースをした経験なしが応えたか。直線は前にカベができてしまい、再三進路が狭くなるシーンがあった。0秒3差の6着は残念だが、デビューして以降、最高タイの428キロの馬体はもうひよわい印象を与えなかった。このあとは、もう目標を絞ったローテーションが取れる。
期待したオールザットジャズ(父タニノギムレット)は、好位のインから直線も最内を狙った。岩田騎手の描いた作戦通りに運んだと思えるが、いざ追い出して首を上げるように反応なし。1600mも東京コースも決して不得手とは思えないレース運びだったから、GI級が上位を占めるレースでは残念ながら力不足ということか。
サウンドオブハート(父アグネスタキオン)はレース前からちょっとテンションが高過ぎるかと映ったが、上手く流れに乗って直線の坂までチャンスありだった。ただ、坂上で失速。レース後、異常歩様を示したとされる。大きな故障ではないことを祈りたい。
7歳フミノイマージン(父マンハッタンカフェ)は残念なことこのうえない。マイルのGI挑戦は決して無理な選択ではなかったと思えるが、上位を4〜5歳馬が独占する中、ただ1頭の7歳牝馬が競走中止。予後不良の安楽死は悲しかった。