競走馬にはつきものの「骨折」。5月29日、GI馬のジョワドヴィーヴルが、翌日30日にはフィフスペトルが、いずれも調教中の骨折により安楽死となった。なぜ競走馬は、「骨折」によって命を奪われなければいけないのか。治せるものとそうでない場合の判断基準は何なのか。今回はこの問題に迫ります。(7/1公開Part1の続き、ゲスト:JRA競走馬総合研究所 高橋敏之主任研究役)

馬の骨折について教えてください
赤見 :オルフェーヴルの肺出血に続いてお聞きしたいのが「骨折」です。最近、調教中の事故が続きました(※)。競走馬は、あれだけの大きな体を4本脚で支えているので、骨折してしまったら支えきれなくて生きてはいけないんだということは分かっているんですが、具体的なことは分かり切っていません。どの辺のレベルで生き長らえないというふうになるのかなって。
※調教中の事故
2011年の阪神JFを制したジョワドヴィーヴルが5月29日、鳴尾記念に向けての調教中に、左下腿骨開放骨折を発症。予後不良で安楽死の処置が取られた。その翌日にはフィフスペトルが、安田記念に向けての追い切りの際に左第一趾骨粉砕骨折を発症。同じく安楽死となった。
高橋 :馬の脚にかかる力としては、前脚に6割、後ろ脚に4割なんですね。500キロの馬だと、前脚1本に150キロぐらい体重がかかっているという状態なんです。前脚の骨折によって体重をかけられなくなると、その150キロの支えが無くなってしまって、後ろ脚でもある程度は支えるのですが、それでも前脚の負担がだいぶ増えるんですね。その場合、前脚の反対側の脚が蹄葉炎(※)になってしまうことが多いです。そうすると、痛くてもう立っていられないんですよね。立っていられないというか、ひどい場合にはヒトの爪のような部分である蹄(ひづめ)が落ちてしまうんです。
※蹄葉炎
蹄の内部に炎症が起こり、重篤な場合は起立困難となり、安楽死せざるを得ない場合もある。
赤見 :蹄が落ちてしまう?!
高橋 :はい。「脱蹄」と言うんですが、生爪を剥がしたような状態になるんですね。
赤見 :脱蹄って、初めて聞きました。それは……本当に痛そうです。

蹄葉炎のレントゲン写真
高橋 :蹄は、人間もそうですけど、すごく痛いんですね。こちらの画像を見てください。白いところが骨で、本来なら蹄の線と骨の線が並行になっているんですが、骨が変位して蹄と肉が剥がれてしまっている状態で、非常に痛いんです。痛くて後ろ脚を前に踏み込むようにした体勢で立ったりするんですけど、そこから良くなるという手段がないので、残念ですがあきらめるというところですね。
赤見 :トレセンや競馬場で骨折が起きたときに、安楽死の処置にするというのをすぐに判断しているように感じるんですが、レントゲンを撮って判断するんですか?
高橋 :はい。すぐにレントゲンを撮って診断します。今はコンピューテッドラジオグラフィーと言って、X線フィルムじゃなくて、コンピューターで画像を処理するようなものがあります。X線フィルムだと5分かかるところが、それだと1分かからずに画像が見られるんです。
赤見 :それで、難しい場合は苦しみを長引かせないようにと…。判断が難しい場合もありますよね?
高橋 :そうですね。少し時間をおいてみて、その経過次第で手術をしてみましょうというときもあります。ただ、判断がつく場合で何か特別な事情などがなければ、あきらめていただくことが多いですね。
赤見 :調教師さんに直接言われるんですか?
高橋 :調教師さんに説明して、馬主さんと連絡を取っていただきます。
赤見 :感情的になる方もいらっしゃいますか?
高橋 :調教師さんの場合は、そこまではないですね。それこそ、骨折は軽いものから含めたら年間1000頭以上起きていますので。ただ、厩務員さんは、特に自分の担当馬が初めてそうなるという方は、すごく悲しまれますね。
赤見 :そうですよね。またそれを宣告するというのも、辛いですね。
高橋 :そうですけどね。でも、どうしても仕方がないかなというところはあります。その状態でずっと耐えさせるのは、もっと痛いだろうと思いますので。
赤見 :そうなってしまった後の辛さも分かっていらっしゃるから。
高橋 :そうですね。そういうことも分かっているので、助かる可能性が低い場合は、治療した時に蹄葉炎になる可能性が高いことと、その痛みについて説明します。
私が診た例では、非常に重い骨折を起こしてしまったのですが、それでも「どうしても生かしてほしい」というので治療した馬がいました。結局、牧場には帰って行ったんですけれども、それもやはり、治療中に蹄葉炎になってしまいました。
その馬が助かったのは、よく寝るからだったんです。寝ていれば脚に体重がかからないので大丈夫なんですが、寝ていると今度は腰角が床にあたるので、そこが褥瘡(じょくそう)になって穴が空いてくるんですよね。
赤見 :床ずれのような?
高橋 :そうですね。寝たきりの方が、背中とかお尻などに床ずれを起こすのと同じです。
赤見 :馬って、自分で寝返りはうてるんですか?
高橋 :うてるにはうてるんですが、元々が寝ている動物ではないので、皮膚が重みに耐えられなくなってしまうんです。
赤見 :皮膚が薄いですもんね。
高橋 :そうですね。その馬の場合は、反対の脚が蹄葉炎になりながらも頑張ったんですけどね。長く治療していると痩せてガリガリになってしまいますし、ガリガリになると今度は骨が皮膚にあたって床ずれの場所が増えるので、非常にかわいそうな感じにはなります。
赤見 :やっぱり症状がひどい場合に助けるのは、相当なリスクがありますか?
高橋 :程度にもよりますが、脚を全くつけない状態ですと、特に前脚の場合は難しいですね。
赤見 :骨折の程度というのは、どの辺りで判断しているのですか?
高橋 :今は技術が進歩して、骨が折れてもねじで留められるんです。
赤見 :ボルトが入っているという状態ですか?
高橋 :そうですね。例えば大きな骨で一部が小さく割れてしまった場合に、上から下までつながった骨があれば、ねじで留めることができます。真ん中から割れて大きい骨が2つある場合や、先ほどの上から下までつながっている骨がある状態だったら、今はほとんどの場合がねじを入れて治すことができるんです。
逆に、上から下までつながっている骨がない状態、つなぎの骨(第1指骨)のところが多いんですけれども、留められるような骨がない状態や、ぐちゃぐちゃになってしまっていると難しいですね。あとは、折れた骨によって皮膚が破けてしまっていたら、ばい菌が骨の中に入り込んでしまうので、まず難しいです。
赤見 :ねじで留められるかどうかというのが、今の判断基準になっている部分が?
高橋 :ありますね。なので、大きい骨が残っていれば、大抵は大丈夫なんです。ただ、この前のジョワドヴィーヴルの場合は、下腿骨というひざの下の骨だったんですが、螺旋状にねじ切れるような感じで折れてしまうので、体重の重い大人の馬では、ほとんどの場合が難しいですね。人間のようにプレートを入れるということもあることはあるんですが、なかなか難しいことが多いです。
赤見 :判断が難しいのはどういうケースですか?
高橋 :例えばこういう場合です。骨折しているのが良く見えないときがあるんですよね。貫通していて、しかも割れていたりするような場合もあるので、そういうときはどうしようか考えるところです。
赤見 :どういう割れ方をしているかという判断が難しい場合。
高橋 :そうですね。上から下までつながった大きい骨がなくて、Yの字のように割れてしまっているようでしたら難しいですし。そういう判断が難しい場合は、「手術するかどうか考えましょう」と、調教師さんや馬主さんとよく相談して決めますね。
赤見 :例えば手術がすごくうまく行って、長く休養して復活するという奇跡的なことは考えられますか?

骨折してからGIを勝った馬もいます
高橋 :ねじが入っている馬は、実は何頭も競馬に出ているんですよ。そういう状態で走っている馬は結構いるんです。GIで勝った馬もいます。
赤見 :そうなんですね。ねじで留めていても、競走馬として再起できるんですね。骨折って、私たちがニュースから受ける印象だと、軽い骨折なのか、手術で治る骨折なのか、安楽死になってしまうのか、名前だけでは分からないですし、ファンの方の間でも「簡単に安楽死しているんじゃないか」という思いもあると思うんです。
高橋 :そうですね。人間ですと、骨折で亡くなることはほとんどないですからね。
赤見 :そうですよね。他の動物に例えるとどうですか?
高橋 :他の動物は、まずスポーツをしないので、あまり骨折はしないですね。
赤見 :確かに。
高橋 :犬や猫も、人に踏まれてしまったり、交通事故に遭ってしまったりして骨折するんですが、体重が軽いので寝ていれば良くなりますし、プレートやねじで治ることが多いですね。
赤見 :やっぱり支える体重も違いますし、寝ていられるというのは大きい?
高橋 :非常に大きいです。なので、夢物語ですが、重力がコントロールできて、脚にかかる力を減らすことができれば、馬でも治せる可能性が広がると思いますね。(Part3へ続く)
◆次回予告
年間1000頭以上にのぼるという「骨折」。その原因はいったい何なのか? 次回はそこにフォーカスします。「近年の高速馬場が脚元への負担になっている」「激しい調教やレースの使い詰めが骨折につながる」「レース中の手前変換が負担」など、様々な説があるが、果たして真相はどうなのか。次回の公開は7/15(月)12時、ご期待ください。