
凱旋門賞で2着に敗れたオルフェーヴル(撮影:高橋正和)
秋のビッグレースシーズンがスタートし、この週は実にさまざまな出来事やレース結果がもたらされた。衆目一致の明るいニュースは、後藤浩輝騎手(39)が長いリハビリ期間を克服してカムバックを果たし、昨年の9月以来の勝ち星を記録したこと。自分で拡声器を用意していたぐらいだから、あれはもう、すっかり本来の後藤騎手の姿である。通算1380勝。1500勝などたやすいこと。2000勝以上を目ざして欲しい。
「毎日王冠」の6歳馬エイシンフラッシュ(父キングズベスト)の快勝は印象的だった。3歳時に日本ダービーを制したあと、長く勝ち切れない期間があった。昨年の天皇賞・秋GIのあとまた勝ち星から遠ざかっていたが、今回は意識的に下げて折り合うのではなく、ポツンと好位追走の形になりながら、スパートの合図を待つことができた。同じように4角過ぎまで待ってのスパートになった日本ダービーと、自身の上がり3ハロンは同一にも近い32秒8だった。
天皇賞・秋は今年もM.デムーロ騎手になることが発表されているが、完成されたいま、さして道中の折り合いに苦心することなく、注文をつけなくても迫力のストライドからの切れ味爆発が可能だろう。今回は実力、底力の違いをみせつけた1戦だった。
ゴールドシップと併せて追い切り(当然、見劣ったが)、4歳の秋らしい充実期を迎えたジャスタウェイ(父ハーツクライ)は3歳の春以降ずっと勝てないでいるが、今回は勝ち切れない馬の、形作りにも映るような上がり32秒7ではないように映った。
レースの流れは前半1000m通過60秒8の緩いペース。だから、後半は45秒9-33秒3(11秒1-10秒9-11秒3)=1分46秒7。外を回ってメンバー中最速タイの32秒7は間違いなく地力強化の証明と思える。有力馬の少ない秋の天皇賞候補の1頭に浮上しただろう。
ハナに立った4歳クラレント(父ダンスインザダーク)は、マイル路線に方向を変えることで巻き返してきた経緯もあってか、これは結果論だが、今回がテン乗りの川田騎手はちょっと大事に待ちすぎたかもしれない。再び2000m級の路線に戻るのかどうか不明だが、同じく4歳のジャスタウェイ同様、こちらも確実にパワーアップしている。
マイペースかと思えた7歳レッドスパーダ(父タイキシャトル)は、出足もう一歩。そこでおとなしく2番手で我慢することになったが、結局、クラレントもかわせそうでかわせなかった。慎重に乗り、高速上がりのレースで切れ負けは、これがGIなら仕方がないが、さすがに大展望の難しい7歳馬とするとちょっと大事に乗りすぎ(弱気)だったか。しかし、藤沢調教師(逃げ戦法は好まない)と、北村宏司騎手の関係を考えると、ああいう形にならざるを得ないのだろう。
5着にとどまったダークシャドウ(父ダンスインザダーク)は、ベテランの域に達した6歳秋のためか、変に落ち着きすぎ、気迫が伴っていなかった。これまではポン駆けOKだったが、もう4〜5歳時とはちがうということだろう。3番人気の評価は毎日王冠だからであり、ここをステップに天皇賞・秋で一変して欲しいが、昨年以上はないかもしれない。
ショウナンマイティ(父マンハッタンカフェ)は、陣営も認めていた「脚元の関係で、夏の調整は簡単ではなかった」経緯が、今回の仕上げにも影響していた。たしかに最終追い切りでは一応はショウナンマイティらしい動きは示したが、乗り込み不足は明らか。今回はマイナス18キロの数字以上に、馬も、動きも小さく見えたのが心配。次は良くなって不思議ないが、次走は当然良くなるというものでもない。激走したというほどではないが、反動が出ないことを望みたい。
同じく人気の中心になった3歳コディーノ(父キングカメハメハ)は、肝心のスタートで出負け。後方追走だから、上がりの記録は32秒7でも、見せ場は一瞬、苦しくなったら止まった。
先輩6歳のペルーサとは夏の放牧、再鍛錬の場所が異なるが、夏を経て大きな進境が期待されたこの3歳馬は、全体のかもしだす雰囲気がそう進展していないように見えた。2歳秋の東京スポーツ杯を1分46秒0で圧勝したころは、輝いていた。もっと鋭くはずんでいた。
次の天皇賞・秋はリスポリ騎手の予定(と伝えられる)。横山典→ウイリアムズ→四位→(リスポリ)…。騎手チェンジはあまり意味のある騎手変更とは思えず、どんどんレース内容が悪くなっているのが心配である。これだとファンまで離れる心配が生じる。
「京都大賞典」のゴールドシップ(父ステイゴールド)は、あっけなく沈んでしまった。原因は、スタート直後から人馬の呼吸がまったく合わなかったこと。内田博幸騎手の先行意思(オーナーの要望が関係していたと思える)と、ゴールドシップの気持ち(心)がまるで異なっていた。そこへ悪いことに、きわめて異常なレースの流れが重なってしまったことだろう。
レースの流れが特殊だったのは、2400mを前後半の1200mに分けると、「前半1分13秒8-後半1分09秒1」=2分22秒9。超スローにも近い前半から一転、後半1200はスプリント戦のラップに激変している。前後半の差は、実に「4秒7」。まったくペースの異なる1200m戦を2つつなぎ合せたような2400mだった。たとえば、前半は気楽に後方のインで動かないでいたヒットザターゲット(父キングカメハメハ)と、小差2着のアンコイルド(父ジャイアンツコーズウェイ)は、レースの再生VTRから推測すると、ともに後半の1200mを「1分07秒7〜8」で乗り切っているのではないかと考えることができる。
少し乱暴だが、ヒットザターゲットの推定レースバランスは「1分15秒2-1分07秒7」=2分22秒9である。ヒットザターゲットは、母の父タマモクロス、祖母はニホンピロウイナー産駒。ここまで1800m以上のレースにしか出走したことがない。しかし、助走で勢いをつけてスタートした特殊な1200mを、1分07秒7で乗り切ったのである。誤差はコンマ1〜2か。
やっぱりデビュー以来1600m以上にしか出走経験のないアンコイルドも、助走つきの特殊な6ハロンを1分07秒7〜8で走破してみせた。アンコイルドは、その夜の凱旋門賞で快走したトレヴとまったく同じ一族。祖母はジャパンCに2度来日し、凱旋門賞3,3,11着の女傑トリプティクと姉妹の関係。トレヴはその3代母がトリプティクの半姉である。
激しく気合を入れられて(いやいや)前半1200mを1分14秒台前半で追走したゴールドシップは、最初から内田博幸騎手のもっとも大切にする走る気になっていないのだから、後半、高速のスプリント戦に転じると、もっといやになってしまった。ゴールドシップが1800m以上にしか出走していないのは、大駆けした2頭と同じだが、こちらは助走つきとはいえ、1200mを高速で乗り切るスプリント能力は残念ながら持ち合わせていないと推測できる。
ゴールドシップの2400mの最高時計は完敗した今回の2分23秒2。また、2000m以上での自己最高の上がりは、負けたダービー時の33秒8である。競馬はタイムの計算ではない。しかし、良馬場のジャパンCが今回と同じような2分23秒前後の高速決着は珍しくない。まして、今回のように後半を1分08秒台前半で乗り切らないといけないスローもありえる。自身が気分良く追走できるのは、「前半は楽に後方追走」とした場合、ゴールドシップはジャパンCを2分23秒0〜5で乗り切れるのだろうか。心配になってきた。
「凱旋門賞」は、残念ながら3歳牝馬トレヴ(父モティヴェーターは、エルコンドルパサーを差したモンジュー直仔)が、今回はちょっと強すぎた印象だった。もちろん結果論だが、スパートを待ったオルフェーヴルは、昨年のことがあるからちょっと慎重すぎた気がしないでもないのと、いざスパートのタイミングでブロックする格好になったのが武豊騎手のキズナ(まったくたまたまの位置取り)だったりしたけれど、楽々と抜け出され広がる一方の5馬身差では仕方がない。
終わってから、斤量関係がどうだとか、さまざまな愚痴はいいたいが、そういう斤量設定が必然であり、好ましい斤量設定(繁殖馬の魅力がないとされた古株の賞金稼ぎは防ぎたい)であったりするから、負けてから不利をいうならなにも凱旋門賞に執着しなければいいだけのこと。これでまた、果てしない挑戦はつづくことになった。