◆マジックを生んだベテラン騎手の騎乗
二千五百年ほども前にまとめられた「孫子」の兵法書が、いまだに広く読まれているのはなぜか。それは、そこに説かれている戦略、戦術がいまでも有効だからなのだが、それだけではなく、人生を生きていくうえでのヒントに溢れているからでもあろう。どうすれば戦いに勝てるか、どうすれば負けないでいられるか、「孫子」の理論は、その前提となる考え方を示している。
まず戦わずして勝つこと。戦いに訴えずに交渉で解決をめざす。もうひとつは、勝算なきは戦うなかれで、やるなら事前にこれなら勝てるという見通しを立ててからにせよと言うのだ。この柔軟な考え方、確かにいつでも持っていたい。
「孫子」の「絶対に負けない理論」を競馬に結びつけるのも面白い。多くは、結果が出てから気づくことが多いのだが、レースを戦う当事者は、そうではない。どうなればわが方にチャンスが巡ってくるかを、いつも考えているものだ。ベテラン騎手のプレイは、これがマジックを生む。ジェンティルドンナが大敗した京都記念で鮮やかな逃走劇を演じて勝ったデスペラード。追い込み一辺倒のイメージだったが、4度目の手綱を取った横山典騎手は、いつかこういうレースをしたいと思っていたと語った。
ステイヤーズSを勝ち、有馬記念にも出たデスペラードが、これから強豪と戦っていくには、どういう戦法が取れたときが一番いいかを感じていたのだ。気分よく走らせればあきらめないタイプと分析、スローに落として逃げ、これなら勝てるかもしれないという戦い方をしたのだった。
フェブラリーSで岩手のメイセイオペラが勝ち、地方馬初の中央GIレースを制したのが1999年、船橋にはアブクマポーロがいた。地方でのAM対決は、中距離ではAが無敵も、マイルではMで南部杯でこれを破っていた。勝算を考え、アブクマポーロが川崎記念に向い、メイセイオペラがフェブラリーSに出走したのだから、この選択は納得できたのだった。