◆明らかに暑くなってきている北海道
「蝦夷梅雨(えぞつゆ)」という言葉をご存知だろうか。文字どおりに解釈すると「北海道の梅雨」ということになる。しかし、昔から北海道に梅雨はないと言われている。であるからして、梅雨どき、つまり、ちょうど今時分に北海道で降る長雨を指す言葉、ということになる。
私が札幌に住んでいた30年ほど前までは、蝦夷梅雨などという言葉を聞くことはほとんどなかった。ほとんどどころか、初めて聞いたのは、介護帰省を繰り返すようになった2009年以降だと思う。先月数日間滞在してラジオを聴いたときも、競馬仲間のDJ龍太さんが、エフエム北海道(AIR-G')の「GTR」という番組で、「いやあ、蝦夷梅雨がねえ……」といった感じの話をしていた。
明らかに、ここ数年、いや、ここ10年ほどだろうか、北海道は暑くなっている。というか、蝦夷梅雨の常態化をふくめ、本州化している。つい先日も、日本で一番最高気温が高いのは北海道なんてこともあった。まあ、そんなふうに気候が変わったおかげで、以前はつくれないと言われていた米が普通にとれるようになり、「ゆめぴりか」だとか「ななつぼし」といった美味しい品種が流通するようになったのかもしれないが。
この稿を書きながら、今週から開催が始まる函館競馬場の天気を見たら、雨が降っている。予報によると、土曜日の午前中まで弱い雨がつづくようだ。
せっかくの開幕週なのだから、蝦夷梅雨のない、スカッと晴れた空のもと、綺麗な馬場でレースが行われてほしいと思う。
馬は、暑さと寒さのどちらに強いかというと、寒さである。だから、馬産地はアイルランドだとかケンタッキー、北海道など冷涼な気候の土地にあるわけだが、今、ふと20年前の夏のことを思い出した。
皐月賞とダービーを圧勝したナリタブライアンが避暑を兼ねた休養のため札幌競馬場に入厩したのはいいが、その年の札幌は異常な猛暑だったのだ。そのため、ブライアンはほどなく函館に移動したのだが、夏負けからの回復途上と思われたタイミングで出走した京都新聞杯では2着に敗れてしまった。
名馬も暑さには勝てないのである。
あのときの札幌はイレギュラーな異常気象に見舞われたわけだが、地球温暖化の影響で北海道が当たり前に暑くなってしまうと、競走馬の、特に、休ませながら成長を促したい3歳馬など若駒の夏の過ごし方が余計に難しくなる。
だからこそ、暑さによる馬に対するストレスを逆手にとった強化法が開発されたりしたら面白いと思うのだが、どうだろう。
こんなことを考えたのは、寒さを逆手にとった強化法というか、冬の過ごし方をサラブレッドの強さにつなげているブリーダーが存在するからだ。キズナとワンアンドオンリーでダービーを連覇した、前田幸治オーナー率いるノースヒルズである。同牧場では06年から日本で初めて通年での夜間放牧を実施し、真冬でも馬たちは厩舎の外で過ごしている。それだけで生産馬が強くなったと言うつもりはもちろんないが、一事が万事で、ひとつそうした工夫や先進性の見えるところは、ほかのところでも余所から抜きんでているものがいくつもあるものだ。
あるいは、「サラブレッドは暑さにはどうしたって勝てない」という大前提のもと、あれこれ考えるべきなのか。例えば、「ここまで北上すれば夏でも暑くならないだろう」というシベリアあたりに避暑施設を確保する、とか。いや、それだと費用以外にも検疫などでややこしい問題が出てきそうだ。ならば、国内の標高2000m以上あるようなところに用地を確保し、避暑と、高地トレーニングを兼ねた夏を過ごせるようにしてはどうか。南米チリ産の馬が世界の大レースで好走するのを見て、「高地トレーニングと低酸素運動の効果があるのかもしれない」と話していたのはノーザンファームの秋田博章氏だ。
発想としては、人間が気持ちよく過ごせるようなところに馬を連れて行って、一緒に頑張る――という方向で考えると、何かが見えてくるのかもしれない。
さて、今回は、「ワールドカップ」と「宝塚記念ファン投票」を「NGワード」にしようと決めて書いた。前にも言ったかもしれないが、もし、エッセイやレポートを書いてみたいという若い人がいたら、NGワード(表現、言い回し)を設定して書いてみると、いい練習になる。私が若いころ自分に課していたのは「ファン」という言葉を使わないで書くことだった。自分もファンなのに、あまり何度もその単語を使うと、自分たちの権利だけを主張する妙な運動のような匂いがしてしまいそうな気がしたからだ。スポーツニュースのディレクターで、若手に「ゴールには至りませんでした」を使わずに書くよう指導していた人もいた。
来週から北海道に行く。2週間ほど滞在するつもりだ。避暑になってくれるといいのだが。