▲佐藤哲三騎手が手綱を取ったキズナの新馬戦
「哲三さんなら何かやってくれそう」「哲三さんが乗るなら馬券を買っておこう」、馬券ファンから高い支持を受ける佐藤哲三騎手。感覚派や天才肌とはまた違う、独自の理論から生み出される騎乗は、多くのファンを魅了しています。例えば、2002年の有馬記念。伏兵タップダンスシチーで2着に粘った一戦を振り返って、佐々木晶三調教師は「あのレースは最高やった。俺にとっては今までで一番おもしろいレース」と称賛しました。そんな自身が培ってきた騎乗論で、大きな舞台へ導きたかった馬こそキズナ。「今でも特別な存在」という、キズナへの秘めた思いを明かします。(第1回のつづき、取材:赤見千尋)
◆きっかけはタップダンスシチー赤見 哲三さんって、今の時代では少なくなってきた“一頭の馬を育てていく”というイメージがあります。馬とコンタクトを取って、一緒に戦っていくような。
佐藤 そうかもしれないですね。僕の状況がそうさせているのもありますし。一流ジョッキーのように、「良い馬なので乗ってみなさい」と言ってもらえるような環境だったら、僕もそういうジョッキーになっていたかもしれない。
でも、僕の現状だとそれではテッペンを取れない。それならどうすればいいかと考えた時、自分の馬を意のままにコントロール出来ればよいと。一流の馬はだいたい切れ味重視の競馬になってくるので、それに太刀打ちするには、例えばコーナーが4回ならその4回をきれいに回って、中距離レースならその4回で他のジョッキーより1秒上手く回る。それが馬に伝われば、馬は気分良く走ってくれますからね。馬に頼るけど、頼り過ぎない。ジョッキーの腕でなんとか出来る事がある、というのが僕の中にあります。
赤見 ジョッキーの力で、馬の力をさらに引き出すような。
佐藤 僕は、なるべくたくさんテレビに映る競馬をして、結果を出したいんですね。馬券を買っているファンの人に「行けるんじゃないかな!」って思ってもらって、楽しんでもらいたい。最初に言ったような、“一流のホースマン”と言うより“一流のギャンブルレーサー”でいたいというのは、そういうところなんです。
「馬のことを第一に考えて」と言うと、ゆっくりとゲートを出してとなるかもしれないですが、僕はまず勝てる位置を取りに行って、その後にゆっくりさせてあげたい。引っ掛かるリスクもあるので、ある意味ギャンブルかもしれないですが、そこは恐れずに。セオリー通りにというより、攻めていった方が僕の性にも合いますしね。馬にもその気持ちは伝わるので、そういうのが僕の乗り方かなと思います。
赤見 そういうお考えになったきっかけの馬はいるんですか?
佐藤 きっかけは、タップダンスシチーですね。中山のアルゼンチン共和国杯で、思いっきり引っ掛けられたんです。「馬に合わせて気分良く、位置取りは関係なく」と思っていたら、タップが「オレの競馬はこんなんじゃない!」って。前の馬がいるのに、ガンガン乗っ掛かりに行きそうになりました。あれは、自分の考えが甘かったと思いました。その時に一緒に乗っていたオリビエ(ペリエ騎手)は、タップがそうなっているのをちゃんと見てましたね(苦笑)。
帰りの新幹線でどうしたらいいか考えたんですが、多分タップは「もっと後ろから」とか「もっと前だ」って怒っていたような気がしたんです。後ろからではダメかなと思ったので、前へ行ってみようと思って乗ったのが、あの有馬記念なんです(13番人気2着)。
赤見 あのレースは、強烈に印象に残っています。スタートしてタップがハナに立って、その後にファインモーション(1番人気、武豊騎手)がハナを奪って。それを、2週目の向こう正面で再びタップがハナを奪い返すという積極的なレース。
佐藤 あの乗り方には賛否両論あったと思いますが、あれは僕とタップとのコミュニケーションのなかで、タップが怒りそうになったところで行きました。怒ってからだと遅いので、怒る手前から行こうと思っていて、ああいう形になりました。
▲“名コンビ”と言われるタップと哲三騎手、実は…!?
◆大胆な騎乗は、最上の繊細から赤見 あのレースから、哲三騎手とタップのコンビが一躍有名になりました。
佐藤 ファンの人は“名コンビ”って思ってくれているのかもしれないですが、実は全然そういうことはなくて。あの馬は好き嫌いがはっきりしていて、僕はむちゃくちゃ嫌われていたと思うんです。僕もタップのGIの時だけは、毎回乗るのが嫌でした。だから、むしろ嫌い合っているような。「嫌いだけど、お互い仕事だからしようがない」みたいな感じでしたね(笑)。
赤見 そんなに制御するのが難しかったんですね。
佐藤 制御もですし、競馬の流れや展開もですね。前へ行って結果を出しているから、ハナを主張しながらの競馬というのがファンの人の中でもあったと思うんですけど、ゲートが早い方ではないんですよね。しかも、出ないときは全然出ないですから。それを、ジャパンCとか宝塚記念とか有馬記念でやってしまったら…。だから、出遅れてファンの人に怒られ、馬にも怒られ、競馬で怖い思いもする、そういうのが嫌だなって思っていました。まぁ、僕は怖がりですので…。
赤見 えっ。むしろ大胆なイメージです。
佐藤 多分ね、実際の僕とファンの人が思っている僕のイメージというのは、真逆のことが多々あると思うんです。大胆というのも、思いっきり繊細だからこそできると思っていて。まず大胆なところを考えているわけじゃなくて、繊細なところを高いレベルに持って行って、それが上手く行ったら次は大胆に行けるだろうって。それができていないのに大胆な事だけ考えていたら、大雑把になると思います。だから、繊細が一番大事なんですね。
赤見 繊細が大事。
佐藤 うん。その繊細というが、僕の場合はちょっとでも前につけるということになってくるのかなと。3コーナーぐらいから早めに動いたりするのも、そこまでが上手くいっているからで。もちろん、レースに至るまでに仕上がりも気力も万全というのがあった上で、3ハロンを走らせるよりは、4ハロン5ハロンを走らせた方が馬も気分良く走れるんじゃないかなと。三分三厘くらいまで折り合いをつけて、その後に切れ味をという考えですけど、僕は最後の5ハロンが競馬の勝負だと思っているので、そういう感じの競馬が多い気はしますね。
▲佐藤「繊細なところを高いレベルに持って行くから、大胆なことができるんです」
赤見 ご自身の分析では怖がりっていう、それは意外でした。
佐藤 かなり怖がりです。ただ、馬に乗る時はそれを見せたくないと言いますか。乗る前は思いっきり緊張するけど、馬に乗ったら緊張しない。そんな感じかもしれないですね。この怪我をした時も、レースの前から嫌な雰囲気があったんです。こう言うと馬のせいみたいに聞こえてしまうかもしれないので、そこは誤解してほしくないのですが、1週前の追い切りから馬の気持ちがちょっと変な感じがして。坂路で急に止まろうとしたり、気持ちが不安定だなと思ったんです。
当日も、返し馬の時に鞍がぐらぐらだったんですね。「腹帯が緩いのかな?」って確認したら、一番きつく締めてあって。ゲートの前にスターターの人にも「締まってるよね?」って確認したりして。それは、馬がお腹に全然力を入れていなかったんですね。人気もしていたし、それまでも乗ってきている馬なので、「気をつけて乗ろう」って。その時、次の週にエスポワールシチーがいたし(ジャパンCダート)、キズナも控えていたし(ラジオNIKKEI杯)、「怪我をする時ってこういう時かもしれないから、気をつけよう」って。それが、いつもの僕の競馬とは違ったのかもしれないですけどね。
赤見 道中でも、不安に感じられるところがあったんですか?
佐藤 直線で締められた時に、やっぱり全然力を入れなくて、ぐらぐらってなったんです。レース前から兆候がありましたから、無理矢理馬につかまって乗り続けるよりは、回避出来る時に回避した方がって思いました。自分から落ちた方が回避できるだろうと思って、それでラチ側に向かって降りたんです。
赤見 危険だったからあえて馬から降りたんですね。
佐藤 あのシーンを見ていた人は「大変」とか「残念」とかいろいろ思われるでしょうけど、僕の中では「幸運だったな」と思っています。ちょっとでも判断が遅くなっていたら、腕じゃなくて首や頭を負傷していたかもしれない。そう考えたら、起こる事故の中では幸運だったなと思いますし、最悪の事態を避ける努力もしたつもりです。
ジョッキーって、落馬するときはしますし、危険なことだってあります。馬も、突発的に何か危険を感じたり、何かで不安な気持ちになるとか、そういうことがあると思います。だから、馬が悪いわけではない。この怪我で出来なくなったこととか失ったものもあるのかもしれないですけど、それは五体満足で乗っていても、失敗して失うかもしれないですからね。
◆キズナをいつも応援しています赤見 お体のことももちろんですけど、その頃というのは、エスポがいてキズナがいてという。
佐藤 そうですね。なかでも、キズナは特別です。初めからとても期待をしていた馬で、前田オーナーとも「どうだ? 凱旋門賞勝てるか?」「はい。きっと勝てます」と、そういう話をしていて。そういうところを勝つために、僕としては、ポジションをある程度取りながら、内から主導権を取って、外から遠心力を使って回ってくる馬よりも、コーナーワークで僕の馬は何もしなくても優位になって、馬が直線で気分良く行ってというイメージ。切れ味よりも勝負根性を大事にしてあげたいなと思っていましたね。それが「諦めない」ということにつながるんじゃないかなって。だから、道中から勝負させたいというのがあったんですね。
赤見 ずっと先をイメージして作ってこられたわけですよね。
佐藤 そうですね。僕が怪我した後は、豊さんが豊さんのやり方でキズナを作ってくださり、ダービーで結果を出された。本当に良かったです。
▲キズナがダービーを勝ったことは哲三騎手にとっても大きな喜びだった
赤見 それを外から見るのは、最初はいろいろな思いも?
佐藤 いえ。他の馬に関しては、正直複雑な思いもありましたが、キズナの場合は全然。ダービーを勝った時も、本当に嬉しかったです。もちろん、「そこにいるのが自分なら」っていうのはありましたけど、それ以上に本当に応援していました。キズナって大山ヒルズのスタッフ皆が携わっているんです。皆がキズナを応援しているのを知っていますし、そういう大山ヒルズが僕は大好きなんです。だから勝ってくれて本当に良かったですし、キズナが走っている時はいつも応援しています。(第3回につづく)
応援メッセージ募集
今回出演した佐藤哲三騎手への応援メッセージを募集します。いただいたメッセージは、佐藤哲三騎手ご本人へお届けします。皆さまからの温かいご声援をお待ちしています。