メイショウナルトの逃げ切りに思う
人間はどこかに泥棒的分子がないと成功はしない。紳士も結構には相違ないが、紳士の体面を傷つけざる範囲内において泥棒根性を発揮せんと、折角の紳士が紳士として通用しなくなる。泥棒気のない純粋な紳士は大抵行き倒れになるそうだ。よし、これからはもう少し下品になってやろう。
漱石の著作にこんなくだりがあった。相変わらず、味わい深いフレーズではないか。しかしこれは、磨かれた知性があればこそ出てくるのだ。なにも持てるものが無いでは、とてもそこまでは行かない。言ってみれば、心にゆとりがあるかどうかで知的楽しみも味わえるということになる。
ここに気性がムラでレースに集中できない馬がいる。けいこでは動くので、まるで駄目という馬ではない。その素質の良さを見込んで格上挑戦を進言した武豊騎手で、昨年の小倉記念をレコードタイムで勝った。直後のオールカマーも首差の2着、いよいよ本格化かと誰しもが思ったのも当然だった。
このハーツクライ産駒メイショウナルトが七夕賞を鮮やかに逃げ切った。小倉記念以来の一年ぶりの勝利だ。休養をはさんでのここ4戦が全て2ケタ着順では5番人気も仕方ない。途中で走るのを止めてしまう、競走馬としては下品な戦いをくり返したのだ。七夕賞で手綱を任されたのが田辺騎手、好きなように乗っていいと気楽にのぞめたのがよく、最近は気を抜いてしまうところがあったのでノビノビと走らせ、ただ淡々と気分を損ねないようにしたと、見事なリードをしてみせた。武田調教師は、走る時は本当に強いと感心していたが、重賞を2勝したことでメイショウナルトは紳士の体面は保ったと言える。あとは人馬の心のゆとりで夏馬の面目を保つだけだ。
夏馬といえば、函館記念で3連覇を達成したエリモハリアーがいる。育成時代に放馬して怪我をするほどうるさかったが、33戦目に函館記念で初めて重賞を勝ってから、毎年夏に存在を示していた。メイショウナルトもエリモハリアーも、いずれもセン馬だった。