2つのトライアルを見て
「静あってこその動」、このことばから浮ぶのが「風林火山」の旗印を掲げて戦った戦国武将、武田信玄だ。攻めるときは風のように疾く、攻撃を中断するときは林のように動かず次の機会を待つ。守りに入ったら山のように動かず、攻めるときは燃える火の勢いをもってと、「孫子」から学んだ作戦行動を実践して見せてくれた。この、決して無理な戦いをしないことで武田軍団は無敵だったというのだが、ここで難しいのが「静」の作戦だ。何かに立ち向っていくとき、心はどうしても勇み立つ。「静あってこその動」は、どうチャンスをつかむかに通じている。
セントライト記念でのイスラボニータの勝利は、正にそれだった。戦前から自分のレースをするだけと陣営は語っていたが、それがどういうことかレース振りから知ることができた。パドックでは久々の実戦のせいか気むずかしい面がのぞかれたが、蛯名騎手が跨るとぴたっとおさまっていた(騎手談)。そして馬込みにいても向きになることなく6番手で折り合って、静の姿勢でじっとしていた。
前方には、器用さで光るトゥザワールドがいい位置につけていたが、イスラボニータにはそれは関係ないことだったろう。「静あってこその動」で、小回りコースに戸惑うことなく、自分のレースに徹するだけだった。「抜け出すときの速さがこの馬の良さ」と言うように、イメージどおりはじけて、並ぶ間もなく先頭に立ったのだった。この「動」こそ、「静」あってのことで、孫子の兵法を見事実践してみせてくれていた。実力で負けたとは思っていない(蛯名談)ダービーの2着。皐月賞に加えてもうひとつのタイトル獲得へと、まずは順調なスタートを切ってくれた。
ローズSのヌーヴォレコルトは、注文のつかない、展開に左右されない強みを持っている。「静あってこその動」が身についているこのオークス馬の存在も大きい。さて、新潟で行われるオールカマーで、これを実践できるものはどれだろうか。何かが見えてくるような気がする。