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北村宏司騎手の思い切りの良さが最大の勝因/天皇賞・秋

  • 2014年11月03日(月) 18時00分


全兄トーセンラーよりスケールは大きいように映る

 5歳牡馬スピルバーグ(父ディープインパクト)が、初重賞制覇をGI天皇賞・秋で達成した。

 この秋シーズンのGIは、スプリンターズSがスノードラゴン(重賞未勝利)、秋華賞がショウナンパンドラ(重賞未勝利)、菊花賞がトーホウジャッカル(重賞未勝利)。そしてまたまたスピルバーグが続いたことにより、秋になってのGIは4戦すべて、重賞未勝利の新星、あるいは雌伏のときを経た遅咲きタイプが勝ち続けることになった。

 また、現5歳世代は「ジェンティルドンナ、ヴィルシーナ、ジャスタウェイ、ゴールドシップ、フェノーメノ…など」さまざまなチャンピオンを輩出し、その層は厚く、全体レベルも高い世代であることが知られるが、昨秋「4歳=4歳」だったこの天皇賞・秋は、今年は「5歳=5歳」だった。このあと連続するビッグレースでの5歳馬の攻勢を予感させる。

 スピルバーグは、まだ若すぎ、また体調一歩のため後方のまま14着と凡走した日本ダービーを別にすると、これで東京芝コース[6-1-2-0]。すべての良績を東京コースだけで記録している。「このあとはジャパンCを選択すると思います(藤沢和雄調教師)」。ようやく軌道に乗った上がり馬の強みを爆発させるとき、厩舎の先輩シンボリクリスエス、ゼンノロブロイなどがみせた連勝劇の再現があるかもしれない。全兄トーセンラーよりスケールは大きいように映る。

 芝コンディションは午後から良馬場発表に回復したが、同時開催の京都にくらべると最初から高速の芝ではなかったため、Bコースに移った今週も必ずしも内有利ではなかった。前回の毎日王冠では馬群をさばききれず、ちょっと脚を余した印象も残ったスピルバーグ(北村宏司騎手)は、前半はコースロスを避けるために内ラチ沿いをキープし、4コーナー手前からは迷うことなく一番外へ回った。スローペースでレースバランスは「前半60秒7-後半59秒0」。最後に刻まれた「11秒4-11秒3-11秒9」=34秒6の直線にすべてが集約する流れになったが、思い切って外に回ったスピルバーグは、スローで固まった馬群を避け、他馬の動きに関係なく直線3ハロンでエンジン全開となった。今回は、この思い切りの良さが最大の勝因だったと思える。

 直線大外一気は、決して藤沢和雄調教師の好むレースではないが、GI制覇は2006年のヴィクトリアマイル(北村宏司騎手。ダンスインザムード)以来、なんと8年ぶり。北村宏司騎手のGI勝利も、そのダンスインザムードのヴィクトリアマイル以来である。あのあと袂を分かつことになった、最良の弟子で、最大の理解者でもある北村宏司騎手が、いまも藤沢和雄厩舎の所属騎手であったらこういうレースはできなかった気がする。

 トップトレーナーのもとで育った北村宏司騎手は、いま、年間100勝を記録するトップジョッキーの一人となった。調教師と、騎手は、「勝てて良かった。久しぶりのGIです(北村騎手)」。「久しぶりでした。とても嬉しい(藤沢調教師)。まったく同じ勝利コメントになった。

 フリーになったあと、少し時間がたってから、やっぱり藤沢和雄厩舎の主戦騎手であり重要なスタッフにもどった北村宏司騎手のGI勝利は、これだけ勝ちながらGIレースとは長く無縁だった藤沢和雄調教師の、ずっと勝運に見離されていたあとのGI勝利である。スピルバーグの1勝はふつうのGI勝利ではない。まだまだこれから続くことになる一人の調教師と、一人の騎手。二人のコンビの、これまで以上に強い信頼の1勝となるだろう。

 2着ジェンティルドンナ(父ディープインパクト)は、これで新馬を含め、今回のようにレース間隔が50日以上になると[1-4-1-3]。それより短いと[8-0-0-0]。きわめて特徴的な成績を示すことになった。2000mの最内枠から、好スタート。ごく自然にスローの好位のイン追走となり、直線も外に馬群が固まっていたから、スピルバーグとは逆の意味で馬群を避けるように最内。逃げて失速しかかったカレンブラックヒルの内を衝くことになった。内ラチとカレンブラックヒルの間は1頭分も空いていないシーンもあったが、臆するどころかこじ開けるように伸び、インからイスラボニータを差す形になった。芝コンディションもあって、このスローながらレース上がりが34秒6。ジェンティルドンナはあまり芝状態の良くないインを通ったため、自身の上がりは34秒4止まり。こういう競り合いになってもいいが、近走ではドバイシーマクラシックで爆発させた切れが示すように、タメを利かせて一気に差す形の方がいいかもしれない。でも、戸崎圭太騎手は「すごい馬です。衰えはまったく感じません」と絶賛した。ビシビシ追った今回だが、彼女自身はまだ気迫一歩とみえた。ジャパンC3連覇なるか。トレヴの凱旋門賞3連覇と同じくらいの至難だが、この天皇賞・秋をみると、歴史的な快挙は決して不可能でもないだろう。

 イスラボニータ(父フジキセキ)は、カレンブラックヒルを交わして先頭に立ち、勝ったとみえた瞬間もあったが、自身の最後の1ハロン12秒5。「抜け出したときに遊んでしまった(C.ルメール騎手)」という。そんな印象はなかったが、上がりだけの勝負になって、そうは速い脚の長つづきしない正攻法の優等生のもつ弱みが出たのは事実。「相手をかわすのが好きなようなので、下げて競馬をしてもいいかもしれない(C.ルメール騎手)。そういう見方もあった。負けられない3歳クラシックホースの立場から、今後はもっと強い相手に挑戦する立場に回ることを考えると、貴重な証言だろう。中間も当日の気配も申し分なかったが、返し馬で気の抜けたようなフットワークになったあたりが、ルメール騎手が遊んでしまったと表現した、勝負に臨んでの若さかもしれない。

 全体にタイムを要したうえ、アンバランスなレースの流れで4、5着に好走した伏兵ラブイズブーシェヒットザターゲットは目下の状態の良さを発揮した立派な善戦健闘だった。

 春秋連覇のかかっていたフェノーメノ(父ステイゴールド)は、久しぶりの2000mの流れに乗っての中位追走。ただ、ペースはきつくなかったが、終始馬群の外になって、前半からずっと「気負って走っていた(蛯名正義騎手)」のが最大の敗因か。しかし、14着に失速する力関係ではない。春の天皇賞2連覇も、昨年の天皇賞・秋の2着も、ともにステップレースをひと叩きしての1戦だから、万全の調整ではあったが、リズムがここまでのGIとは違ったということだろう。

 エピファネイア(父シンボリクリスエス)は、春の不振を脱して本来のデキに近づいていたのは確かだが、単走での追い切りが続いたあたり、カァーッとなってしまう気性を抑え込むための陣営のつらさがあった。パドックから発汗がひどく、レースでかからないように馬群の中に入れる苦心の騎乗だったが、伸びもう一歩の0秒2差6着は本来の力量ではない。落ち着きを取り戻したいが、GI日程は待ったなし。菊花賞時の状態に戻れるだろうか。

 道中、ちょっと苦しい位置に入って、毎日王冠のスピルバーグのようなレースになり、ゴールの瞬間はまだまだ脚は残っていたのではないかと思わせたのはデニムアンドルビー(父ディープインパクト)。使った次走は、16日のエリザベス女王杯にも登録はあるが、昨年2着に突っ込んだジャパンCになるかもしれない。

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1948年、長野県出身、早稲田大卒。1973年に日刊競馬に入社。UHFテレビ競馬中継解説者時代から、長年に渡って独自のスタンスと多様な角度からレースを推理し、競馬を語り続ける。netkeiba.com、競馬総合チャンネルでは、土曜メインレース展望(金曜18時)、日曜メインレース展望(土曜18時)、重賞レース回顧(月曜18時)の執筆を担当。

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