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トークショーの舞台裏で

  • 2014年12月20日(土) 12時00分


「数年に一度の猛吹雪になる」と言われていた12月17日、水曜日、昼過ぎの飛行機で新千歳空港から関西国際空港に飛んだ。千歳では雲の切れ間から陽が射しており、定刻より30分ほど遅れただけで無事離陸した。

 ――数年に一度だなんて、大げさなことを言って脅かして。

 と、いい気になって関空からバスに乗ろうとしたら、強風のため電車が止まっていたことの影響で、鬼のように混雑していた。そのため、次のバスまで30分、寒空の下で待たされる羽目になった。

 そんな思いまでしてなぜ関西入りしたかというと、翌18日、木曜日の夕刻梅田で行われる『世界一の馬をつくる』(前田幸治著/飛鳥新社)の出版記念イベントに参加するためである。私は編集協力という形で携わっていたので、前田オーナーと武豊騎手のトークショーの司会と、それに先立つ前半の20分ほど、ひとりで「ノースヒルズ見聞録」と題し、ノースヒルズと大山ヒルズを取材した印象を語ることになっていた。

 イベント当日、会場に行くと黒縁のメガネをかけた細身の男性がスポーツ紙の記者と話していた。数瞬のち、「あっ」と気づいた。佐藤哲三元騎手だった。

 前田オーナーにひと言挨拶するため立ち寄ったというので、上階の控室に案内した。一対一で話したのは初めてだったのだが、とっつきにくい雰囲気のあった騎手時代よりずいぶんソフトな印象になっていた。聞いてみたら、やはり以前はプロとして意識的に自分をつくっていたのだという。

 少し経つと、前田オーナーと武騎手が現れた。

 こうしたイベントでは録音や写真撮影は禁止というケースが多い。担当者は今回も当然そうなるだろうと思い、また遠慮もあって確認していなかったのだが、ふたりに訊いてみると、撮影は自由にしてもらって構わないとのことだった。

 私が自分の独演パートでしゃべるため会場に向かうとき、武騎手が、「あたためといてください」と微笑んだ。放送作家をしていたころ、バラエティー番組収録の「前説(まえせつ)」として、若手や、若くなくても売れていない芸人がコントや漫才を披露してシーンとする場面をよく見てきただけに、「あたためる」ことの難しさはわかっていた。武騎手はもちろん、私にプレッシャーをかけるために、さわやかな笑顔で送り出してくれたのである。

トークショーの様子


 トークショーの内容に関しては、「netkeibaニュース」の大恵陽子さんによるリポートをご覧いただきたい。

 会場を借りるなどしたため、イベントのチケット代は書籍付きで2000円になった。書籍が税込1400円なので、イベント参加費として600円を参加者に負担してもらうことになるのだが、「それでは申し訳ないので、少しでもファンのみなさんに満足してもらえるように」と、前田オーナーが、抽選プレゼント用のグッズを提供してくれた。ノースヒルズのカレンダー(写真もコピーも素晴らしい)や、武騎手のサイン入りのキズナのクッションなど数十個という大盤振る舞いである。

 思っていたより若い人が多く、会社帰りに参加したサラリーマンやOLという雰囲気の人が中心だった。もちろん、もっと下の大学生や高校生のほか、上の世代の方々もいたのだが、前田オーナーが、「みなさん、お若くて嬉しいです。特に女性は30歳以上の人がひとりもいないのが素晴らしい」と言ったら、ものすごくウケていた。

 このイベントを企画したのは紀伊國屋書店の女性店長だった。彼女は、私の著書を5、6冊持っているという素晴らしい人だ。チャーミングで感じがいいし、こういう肩書の人にも「競馬女子」関連の動きに加わってもらい、何かをやると面白くなるのではないか。

 打ち上げで、武騎手が、「きょうは来てくれた人、喜んでくれたんじゃないですか」と私に言った。その口調と表情から、彼もイベントを楽しんでくれたことがわかって嬉しかった。私としては、彼に「島田さん、今ひとつ会場をあたため切れていなかったなー」とか言われるのではないかとビビっていただけに、ほっとした部分もあった。

 彼の隣には、兵庫競馬の永島太郎騎手が座っていた。イベントに一般客として参加していたのだが、前田オーナーに打ち上げに加わるよう誘われたのだった。

 20年ほど前、JRAの藤田伸二騎手と飯田祐史現調教師らが園田競馬場で馬券対決をするという企画があり、私はその構成を担当するため同行していた。そのとき、永島騎手が藤田騎手に挨拶に来た。顔が角田晃一現調教師によく似ていたし、向こうは売り出し中の若手騎手だったので私のほうはもちろん覚えていたが、それを話すと、永島騎手は「ああ、2階でやっていたときですね」とニコリ。私が人間の頭脳の働きのなかできわめて大切だと思っている「記憶力」が素晴らしい。ちょうど競馬が終わったあとだから体重が増えても大丈夫だということで、ビールを美味しそうに飲んでいた。

 その後、武騎手と、かなり前から私たちの間では真剣に話し合ってきた「競馬の五輪種目化」について、あれこれ意見を交わした。このテーマをほかの関係者に振ると、だいたいの人が「え?」という顔をして、「種目化が難しい理由」を挙げる。それは理解したうえで言っているつもりなのだが、2012年のアジア競馬会議後の意見交換会でもそうだったように、なかなかまともにとり合ってもらえない。

 これに関しても、今後、ことあるごとに本稿でとり上げていきたいと思う。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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