▲今週は、福島記念の勝ち馬ポートブライアンズのいまをご紹介
(つづき)
福島記念優勝!引退後は競馬場の誘導馬に
今年1月3日に亡くなったパリスハーリーは、ベルクノイエスという茶飲み友達ができるまでは、気を許せる仲間ができずに1頭で過ごす時間が多かった。ただしベルグノイエスと仲良くなってからは、常に2頭は一緒に行動していた。プライドが高かったハーリーにとって、友達と過ごした晩年は、心安らかなものだったと想像できる。
ホーストラスト北海道のマネージャーの酒井政明さんが、気にかけている馬がいる。今年21歳になるポートブライアンズ(セン)だ。
「ポートは大人しくて、どちらかというと馬を怖がるんですよね」、この性格のせいなのか、放牧地でも1頭でいることがほとんどだ。一緒に過ごす仲間がポートにもできればと、酒井さんは願っている。
ポートブライアンズは、1994年5月19日に北海道浦河町で生を受けた。父ブライアンズタイム、母ファンドリパール。8つ上の姉に1989年のサンスポ4歳牝馬特別(GII・当時のオークストライアル)を含めて重賞3勝のファンドリポポ(父ホスピタリティ)がいる。
栗東の岩本市三厩舎から1996年8月にデビューしたポートブライアンズは、約5年間の競走馬生活で45戦6勝(うち障害2戦)の成績を残した。6勝の中には、1999年の福島記念(GIII)も含まれている。
「元々、逃げ馬が好きなんですよね。ポートも和田竜二騎手が乗って一生懸命逃げていたこともあり、個人的に好きで追いかけていた馬だったんです」(酒井さん)。もちろん福島記念も、荒れた福島の馬場を味方につけての逃げ切り勝ちだった。重賞勝ちは福島記念の1勝だけだったが、それが引退後のポートを福島競馬場の誘導馬へと導いた。
「今は福島記念を勝った馬が何頭か(ダンスインザモアやサニーサンデー、過去にはウインブレイズ)福島競馬場にいるようですが、ポート1頭だった時もあったんですよね。福島記念の日にポートが誘導すると、場内にアナウンスされていたと聞いています」(酒井さん)
2008年2月に東京競馬場の乗馬1頭が馬インフルエンザに罹患した際に、福島から東京に出張したポートブライアンズが、東京競馬場の誘導馬に代わり、2週に渡って誘導馬を務めたこともあった。
「ウチのスタッフ(土舘麻未さん)が福島競馬場で働いていた頃、ちょうどポートもいたのですが、お客様をお出迎えしたりして、人気があったそうです」(酒井さん)
「馬は馬じゃなきゃダメみたいです」
そのポートが、福島競馬場の誘導馬を引退して、ホーストラスト北海道にやって来たのは2011年8月24日だった。
「本来なら地域振興を兼ねて福島県内で余生を過ごすことになったはずなのですが、ポートは夏の暑さに弱かったので涼しい北海道が良いのではないかということで、土舘を通じてウチにやってきました。応援していた馬でしたので、来た時は嬉しかったですね」(酒井さん)
▲ホーストラスト北海道にやって来た日のポートブライアンズ
▲落ち着いた様子で青草をムシャムシャ
▲そのあと、外の景色を眺めてシミジミ
額のハート型の星が愛らしいポートブライアンズだが、ホーストラストに到着した当初から大人しく、他の馬に馴染めるか酒井さんはずっと心配していた。
「ディアーナという白い馬を気に入ったみたいで、一時期ディアーナの後をついっていって、いつも一緒にいたんです。ところが後からやって来た新入りの馬がディアーナと行動を共にするようになって…。その馬がポートより強かったので、(ポートは)ディアーナの近くに行けなくなったんですね」(酒井さん)
再び1頭になったポートの目に異変が起きた。
「2年くらい前から、冬になるとよく雪の深い所に入っていってしまい、動きも他の馬と違ったんですよ。それで獣医に診てもらったら、右目が白内障という診断でした。白内障の目薬があるのですけど、それも怖がるんですよね。」(酒井さん)
年齢的なものもあるのだろうが、白内障はかなり進行していて、目薬では抑えられない可能性もあるという。「黒目の中が白くなっていて、前を見る時でも、首を傾けて視力のある左目で見ていますね」(酒井さん)。 目が不自由というのもあるのかもしれないが、「神経質な面があり、何か気になることがあると餌を食べなくなるんですよね」(酒井さん)というポートは、酒井さんにとっては愛しい存在でもあるようだ。
「小さくて可愛いですし、悪さをしないから人には可愛がられますよね。あまり良い癖ではないのですが、馬房ではいつも舟ゆすりをしています。舟ゆすりをする馬は、わりとうるさくて怒りっぽい馬が多いというイメージがあったのですが、ポートは舟ゆすりをしていても可愛いく見えるんですよ。
キャラ的に可愛いんですよね。『ポート』と呼ぶと、ブフフフと鼻を鳴らして返事をしてくれるんです。馬を怖がるので、馬と馬の間を通り抜けられない時には、こちらが迎えに行ってあげたりします。白内障というのもありますけど、こちらが何かをしてあげたくなる馬なんですよね」(酒井さん)
「他の馬も同様に可愛いですし、ポートだけを特別に思っているというわけではないのですけど」と酒井さんは前置きをしながらも、ポートがいかに可愛らしいかを本当に楽しそうに語ってくれた。
人間が呼ぶと返事をし、しかも馬を怖がるポートだが、時々、仲間を呼んで鳴くことがあるという。
「時々、すごく馬が恋しくなることがあるようなんです。目が悪いので夜は馬房の中に入れているのですが、馬が恋しくなると外に出たがるんですよ。群れの動物なので、やはり馬の中に行きたいのだと思います。恋しくなると鳴くんですよね、ヒヒーンって。その声は人間を呼んでいるのではなくて、間違いなく馬なんです。馬は馬じゃなきゃダメみたいですね。人間では代わりにならないのかなと寂しくもなりますけどね(笑)」(酒井さん)
ホーストラストでは、高齢の馬や体に問題のある馬以外は、季節を問わず、基本的に昼夜放牧をしている。大自然の中に身を置いていると、馬が持つ野生の本能が呼び覚まされるのだろうか。それまでの馬生で人間との関わりが深かった馬であっても、この環境の中では馬同士で過ごす方が当たり前になるのかもしれない。
「他の馬に馴染めなくて普段は1頭でいたとしても、集団生活をしていると、いざとなったら仲間意識が強いのだと思いますね」(酒井さん)
酒井さんの話は興味深かった。「馬は馬じゃなきゃダメみたいです」という言葉も印象に残った。
私は「馬の幸せ」という言葉をなるべく使わないようにしている。それはあくまで人間の考える「馬の幸せ」であって、馬が求める「幸せ」ではないかもしれない、人間の都合に合わせて生きている馬の前では、いつも謙虚でいたいと思うからだ。そして「馬は馬じゃなきゃダメみたいです」という酒井さんの言葉には、人間側の都合ではない、本当の意味での「馬の幸せ」とは何かを考える上でのヒントが隠されているような気がした。
パリスハーリーにベルグノイエスという心の友ができたように「気の合う仲間ができてくれるのが理想ですけどね」と、酒井さんはポートを思いやる。でもある本で読んだことがある。動物たちは世界中を飛ぶ渡り鳥や、風が運んでくる音や匂いから情報を得ている…と。これが本当だとしたら、自然とともに生きる動物たちは、決して孤独ではないだろう。
ポートもまた、今の季節なら雪にまみれて遊び、春になると下草を食む。じっと耳を澄まして人間には聞こえない音を聞き、匂いを感じて自然のサイクルの中で生きている。放牧地では一見孤独でも、仲間たちはいつも近くにいる。ポートは馬らしい時間を過ごしているとも言えそうだ。あえて「幸せ」という言葉を使うならば、馬たちにとって自然のサイクルの中での生活は、「1つの幸せの形」なのではないだろうか。(つづく)
(取材・文:佐々木祥恵、写真提供:ホーストラスト北海道)
NPO法人 ホーストラスト北海道
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見学期間 3〜4月以外見学可(8月10日〜20日は不可)
見学時間 夏期10:00〜15:00、冬期13:00〜15:00
※訪問する際には必ず事前連絡をしてください。
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