▲エプソムCなどを勝ったタイキマーシャルの馬生を振り返る(右はクロシェットノエル)
男前な性格で、牧場の人気者
その死は、突然だった。2013年4月23日の朝、ホーストラスト北海道のマネージャーの酒井政明さんが、放牧地で倒れているタイキマーシャル(セン)を発見した時には、既に息はなかった。享年21歳。
「急だったので、本当にショックでした」と酒井さんは当時を振り返る。
「クロシェットノエルという牝馬と仲良くていつも一緒にいたのに、亡くなる前日は他の牝馬の後を追いかけていたんです。季節柄、発情期だったということもあったと思うんですけどね」(酒井さん)
大学で解剖をした結果、大動脈破裂が死因と判明した。馬体に何らかの刺激が加わって破裂した可能性があると、獣医から告げられた。「牝馬を追いかけて、相手に蹴られてしまったということも考えられますよね。前日、昼夜放牧をせずに馬房に入れていたら…」と、酒井さんに後悔の念が襲ってきた。
「スタッフともよく話していたのですけど、マーシャルはホント、男前だったんですよ」(酒井さん)
何頭もの馬たちを放牧地に放すと、必ず上下関係ができて、強い馬が威張るようになるという。しかしマーシャルは、どの馬にも分け隔てなく接して、他の馬と揉める事もいっさいなかった。その性格を、酒井さんをはじめとするホーストラストのスタッフたちは「男前」と称していたのだ。
「顔も可愛かったですしね。静かで大人しくて、その大人しさも賢い大人しさといった感じでした」、酒井さんはしみじみとマーシャルの思い出を語った。
▲ホーストラスト北海道にやって来た時のタイキマーシャル
1992年3月21日にアイルランドに生まれた1頭の牡馬が、競走馬になるためにはるばる来日した。父ダンスオブライフ、母ハッピートレイルズ、姉にマイルCS(GI)など重賞6勝を挙げた名牝シンコウラブリイを持つこの牡馬は、タイキマーシャルと名付けられると、美浦・藤沢和雄厩舎から1995年8月19日に函館競馬場でデビューする。
初戦で2着後、2戦目に未勝利戦を勝ち上がり、翌年11月の新潟日報賞(OP・2着)まで、最多記録ではないけれど11戦連続して連対も果たし、持てる素質の高さを示した。重賞勝ちは1997年のエプソムC(GIII)だけだが、1999年11月27日の京阪杯(GIII)を最後に引退するまでの間、この時代の重賞戦線を賑わせた1頭であったことに間違いはない。
競走馬時代の晩年に去勢されていたタイキマーシャルは、現役引退後は札幌市清田区にあるモモセライディングファームで乗馬として第二の馬生を歩み始めた。競技会にも出場して活躍をしていたというマーシャルが、第三の馬生を過ごすべくホーストラスト北海道にやって来たのは2010年11月5日だった。
「ちょうど競馬ファンだった時代に走っていた馬でしたから、功労馬としてどうかというお話を頂いた時には、是非是非という感じで、本当に嬉しかったですね」(酒井さん)
競走馬時代には気性が激しかったマーシャルだが、ホーストラストではその片鱗すら見せなかった。「乗馬クラブにいる時も結構うるさかったという話でしたけど、ウチでは来た時から大人しかったですし、昼夜放牧にもすぐに馴染んでくれました。多分、放牧地で自由に過ごすことによって、その馬の元々の姿に戻るのではないかなと思うんですよね」(酒井さん)
競走馬や乗馬としての生活は、馬には少なからずストレスがかかる。ましてや競走馬ともなれば、エネルギーの高い飼い葉が与えられるから、なおさら馬はうるさくなりがちだ。酒井さんの言葉通り、草食動物らしい食事をして自由に放牧地を歩き回れるとなれば、自然とその馬の本来の姿に戻っていったとしても不思議ではない。マーシャルは、元々が穏やかで、敵を作らず、賢い馬だったのだろう。
▲座って牧草をむしゃむしゃ
▲スポンサーさんからもらったニンジンをバクッ
▲なんとも無防備にごろんと横たわる
▲顔を雪に突っ込み…
馬は身をもって教えてくれる
マーシャルには、繁殖牝馬を引退してホーストラストで余生を過ごす仲の良い牝馬がいた。繁殖生活を引退してホーストラストの一員となったクロシェットノエル(牝21)だ。「マーシャルの隣にはいつもクロシェットノエルが一緒にいました」(酒井さん)
男前のマーシャルを、ノエルは頼っているようにも見えた。牧草を食べる時も、ウトウトする時も、常に2頭は一緒だった。
「ラブラブのカップルでした。見ていてこちらも幸せになりましたね。ノエルは、あまり深く考えないでちょろちょろと行動するところがあって、マーシャルはノエルが行くところ、行くところ、心配してついて行っていました。ちょっと危ないような馬に近づいた時には、その馬とノエルの間に入ってノエルを守っていました。マーシャルには仲の悪い馬がいませんから、それもできたのでしょう」(酒井さん)
人間と同じで馬同士にも相性があり、たいていは仲の悪い馬ができるものだというが、マーシャルには不思議と放牧地に敵がいなかった。「見た感じ、風格があるというタイプでもなかったのですが、人間にはわからない何かを持っていたのかもしれないですね」(酒井さん)
▲マーシャルとノエル、ラブラブのカップルだった
そんなマーシャルが、突然、いなくなってしまった。
「亡くなる前の日、なぜかノエルじゃなくて、他の牝馬を追いかけていたんです。マーシャルには興味がない牝馬だったのですけどね。やけに元気だったんですよ」(酒井さん)
そして翌日、放牧地には冷たくなったマーシャルが横たわっていた。「1番の後悔ですよね。昼夜放牧をせずに、馬房の中に入れてあげればこんなことにはならなかったのではないかと思って…」(酒井さん)
苦しんだ痕跡が残っていなかったのが、不幸中の幸いだった。馬がいつもと違う行動をしていた時には、注意を払う必要がある。「マーシャルの死で、また1つ勉強をさせてもらいました。馬はいつも身をもって、私たちに教えてくれます」と酒井さんは言う。
そして続けた。「やはり1つの命ですから、どの馬にも1日でも長く生きてほしいですしね」
マーシャルが亡くなっておよそ1か月半後、1頭の馬がホーストラストに到着した。アドマイヤチャンプ(セン18)、父ノーザンテースト、母ハッピートレイルズ…つまりチャンプは、マーシャルの半弟だった。まるで天国のマーシャルから命のバトンが渡されたかのように、チャンプがホーストラストの仲間に加わったのだった。そしてチャンプは、東日本大震災で津波に流されながらも助かった「奇跡の馬」だった。
▲マーシャルが亡くなっておよそ1か月半後にやって来たアドマイヤチャンプ
(つづく)
(取材・文:佐々木祥恵、写真提供:ホーストラスト北海道)
NPO法人 ホーストラスト北海道
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見学期間 3〜4月以外見学可(8月10日〜20日は不可)
見学時間 夏期10:00〜15:00、冬期13:00〜15:00
※訪問する際には必ず事前連絡をしてください。
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