エイシンヒカリのタメ逃げを見て
行きすぎや余分なことをするなと「老子」には書かれてある。無理はするなということだが、どうしても無理をしてしまうもので、やる気がみなぎるとき、特にそうなってしまう。無理をしてでも頑張ってみよう、この作為的なことがいけないと「老子」は諭すのだ。しかし、なかなかこの呼吸が難しい。人馬の呼吸というのがある。
武豊騎手のエイシンヒカリがエプソムカップを逃げ切って重賞初制覇を達成した。当初、スタートしたら大きく逃げるのかもしれないと思われてもいた。むしろこれがエイシンヒカリのトレードマークで、気ムズカシイ性格を考えるとためるかたちは取りにくいと考えるのが普通だが、2コーナーを回っても引き離すどころか、制御されているではないか。昨秋、同じ東京のアイルランドT二千米を逃げ切ったときより、前半5Fのタイムが1秒も遅く、見た目にも遅いと分かる逃げだった。このペースだから後続もすぐ背後にいる。2番手のフェスティヴタロー以下にずっと見られながらも、武豊騎手は急がせることはしていない。「行きすぎや余分なことはしない」、まるで人馬の呼吸だけを頭に、競馬にある手本通りのタメ逃げを演じていたのだった。
人気を背負った馬の逃げは、全ての馬からマークされるから苦しいもの。武豊騎手の逃げ馬といえばサイレンススズカだが、あの馬はスピードが違っていた。だからこそ、テンからぐんぐん飛ばしていく戦い方がいいという確信があったのだ。だが、エイシンヒカリはそうではない。8戦7勝という成績は並ではないが、体質が弱く3歳の4月とデビューが遅れていたうえに、気性が若く戦い方に幅を持たせられず、逃げることで素質を発揮するしかなかったのだ。ただ同じ逃げ切りといっても、「行きすぎや余分なことをしない」今回の戦い方は、新たな可能性を見い出す収穫があった。
今後、差し馬に成長していくのか、最後のがんばりにみがきをかけてため逃げ戦法で成長していくのか。いずれにせよ、強い馬にあるオーラを身につけることができるかどうかだ。武豊騎手はその楽しみを与えてくれた。やる気がみなぎらなくとも、自然体で静かに構えていることで備わることもありそうではないか。要はし続けることと教えてくれている。