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JRA発走委員(3)『ゲートにまつわるアクシデント 年間件数の推移』

  • 2015年09月28日(月) 12時00分
おじゃ馬します!

▲JRAの現役スターターに聞くゲート問題、今週がいよいよ最終回


ここまで、「枠入りでのムチの使用」から「ゲートボーイ導入論」まで、ゲートに関する具体的な質問にズバッと答えていただきました。ゲートに関しては様々な意見がありますが、実際のゲートでのアクシデントは減少傾向にあるといいます。数値面から検証するリアルなゲート事情、そして最後は「スターター」としてのポリシーを話していただきました。

(ゲスト:JRA審判部 長島隆樹氏、取材:赤見千尋)



(前回のつづき)

関係者とのディスカッションは定期的に


赤見 この春はGIのゲートでいろいろ起こりましたが、それについて関係者とディスカッションはされたんですか?

長島 今回に限らず、調教師や騎手とは定期的に意見交換会をやっています。お互いに思っていることを遠慮せずに言いましょうというような雰囲気ですので、それこそ「ゲートボーイを早く付けてくれ」という話も出ますしね。審判というジャッジの部分なので、シビアになることもあるのですが、話し合いを重ねることで良くなって行けばと思っています。

 あとは、個別に調教師や実際にその馬を担当している厩舎関係者と話すこともあります。発走練習で「どうしたらいい?」と聞かれれば、アドバイスできることはします。調教師は、自分の管理馬のことは、全頭深くまでよく知っていらっしゃると思います。僕らはトレセンの全ての馬を見ていますから、その分幅広い引き出しを持っています。そういう面から協力できればと。

赤見 ちなみにゲートでのアクシデントの件数は、どう推移しているんでしょうか?

長島 競走馬の事故率というものがあります。出走馬全頭に対して骨折などを発症する馬が何頭ぐらいいるのかというものなのですが、その割合って1%とか、高くても2%行かないぐらいなんです。では、ゲートで立ち上がったり、悪さをする馬がどれくらいいるのかというのはご存じですか?

赤見 それは、結構いそうですよね。1日のレースで立ち上がる馬は必ずいるような感じがしますから……、20%くらいでしょうか??

長島 それがね、0.6〜0.7%ぐらいなんです。100頭走って1頭いないんですよ。調教注意や再審査という形で明らかなものでカウントしていますけども、過去10年分ぐらいの推移でみても1%行かないんです。

赤見 そうか。何かやってしまった馬のインパクトが強いから、そういう印象だったんでしょうね。

長島 もう一つ、発走遅延のトラブルについてですが、その年間件数というのも、例えば10年くらい前ですと年間100件を超えていましたが、今では半分近くに減っています。

 どちらも年々減ってきているのですが、これは僕らの努力というよりも、厩舎の方々の努力が大きいですね。あとは、育成の環境の変化です。昔はトレセンに入ってからゲート練習をやっていましたが、今は育成の段階からもう練習していますのでね。そういう環境で、馬にとって克服しやすくなって来ているのかなというのはありますね。

赤見 今回、ゴールドシップという人気のある馬がきっかけだっただけに、ゲートのこと、発走の仕組みにも興味を持った方が多かったのかなと思います。ゲートボーイの他にも、「こういうことをやっていったらいいのではないか」という意見が聞かれましたが、発走再審査の方法を変えるという可能性はありますか? ちなみに、この秋のゴールドシップの再審査の流れというのは、どういう見通しですか?

おじゃ馬します!

▲「年内引退を表明しているゴールドシップ、再審査の流れはどういう見通しですか?」


長島 再審査の合格に向けて、どういう調教をしていくかは調教師の判断になりますが、先ほども申しましたように、我々はこれまでの経験による引き出しも持っていますので、相談があれば一緒に考えながらということもできます。再審査はトレセンで通常の馬と同様の方法で行われます。ただ、今後同じことをやってしまうとまた影響も大きいですので、再審査の方法について議論されることになるかもしれません。

赤見 あとは、大きく出遅れてしまった場合は、勝負に参加できていないとみなして馬券を払い戻す、という意見もありますが、それについてはいかがでしょうか?

長島 それは、先ほど話にあがった「ノン・ランナー制度」にも関連すると思うんですね。これからは海外の馬券を発売するようになってきますし、我々としてもさらに研究をして行かなければいけないところではあるのですが。その線引きは、なかなか難しいですよね。

 例えば枠入り拒否ですと、基本的にはひと通りのことをやってだめだったら除外なんです。僕らは概ね5分と言っているんですが、4分59秒ならセーフで5分01秒はアウトなのかということではありません。

 ノン・ランナー制度も「何でこれで返還じゃないの?」という時もあれば、「これで返還になるんだ」ということも出てくるでしょう。どうすればお客様にとっていいのかというところもありますよね。出遅れたけども着に来ることだってある。それが万馬券だったとしても除外ですから返還ですってなったら、馬はちゃんとパフォーマンスを出しているじゃないかとなります。

 あっちを立てれば、こっちがってなるんですよね。そこは本当に難しくて。そういうことを侃侃諤諤と議論するのも審判部なんです。後で問題が起こらないように、議論は徹底的にやる。そういうことが必要だと思います。

改めて考える“スターター”という仕事


赤見 大きいレースだと何万人の大歓声で、想像しただけでも緊張感がものすごいのではないかと思うんですが、怖さはないですか?

長島 ダービーなんて注目度も高いですし、さらにスタンド前の発走ですからね。ただ、そればっかりを気にしていたらできませんので。平常心でいないといけませんよね。意外と、台に上がって旗を振ってゲート入りの状況を見ていたら、あまり気にならなくなります。失敗したらどうしようとか考えながら台に上がることはないですね。

赤見 そういうものなんですね。GIなんて、スターターが壇上に上がって赤い旗を振るのをみんながジッと見ていますから、あそこは見ていて勝手にドキドキしています。

長島 たしかに、あの時だけは緊張するかもしれませんね。むしろ僕の場合、それ以前の「歩いている間に転んだらどうしよう」とか「階段を踏み外したらどうしよう」とかは頭をよぎることがありますけど(笑)。

 でも、スタートのところではもう集中していますからね。ゲートの後ろに立っている人間が手を挙げますよね。すごく大事な仕事なんですけど、全ては人間がやる仕事ですから。最後は自分の目で見て、あとはもう本当に一瞬で判断するしかないですので。

赤見 ゴールドシップのように大きなレースで1.何倍の人気馬というのは、やはり気になるものですか?

長島 僕はあまり気になりません。何でかと言いますと、特別扱いすることはできないですから。人気馬に合わせてゲートを切るなんて、そんな技術は持ち合わせていませんし、何より公平というのが大事ですから。

 むしろ一番怖いのは、思わぬところで動かれた場合ですね。最後の馬が入る時には当然その最後の馬に目線が行くことになります。そのタイミングで、どこかでガシャってやられたら、目線が一瞬奪われることになりますので、それだけでタイミングが遅れますからね。やっぱり18頭いると、見渡してというのはなかなか大変です。

赤見 スターターとして、何か特別な訓練みたいなものはするんでしょうか?

長島 訓練と言いますか、大事なのはとにかく馬を見ることです。馬がどういう仕草をするかとか、ゲートに入らない馬は何が原因なのか、どんな精神状態なんだろうかとか。そういうことを見極められるように、まずは馬をよく観察するということ。そして、しっかり記録するということですね。

 それができるまでには、私もすごく時間がかかりました。ただ私の場合、スターターになる前に育成の現場を長く見てきたことが財産になっているのが大きいです。

おじゃ馬します!

▲「スターターにとって大事なのは、とにかく馬を見ること」と長島氏(写真:JRA)


赤見 ちなみに、長島さんはスターターになられて、どれぐらいでレースデビューをされたんですか?

長島 2月に異動してその年の夏の新潟デビューだったので、半年くらいですね。さすがに緊張していましたが、先輩が、枠入りや駐立の悪い馬が少ないレースを選んでくれました。後ろで手を挙げるのも先輩がやってくれたので、「いいぞ」「はい」という感じで、先輩の胸を借りてのデビューでした。今はだいぶ余裕も出て来ましたけれどもね。

赤見 自分で勉強して、先輩にも練習をしてもらってという感じだったんですか?

長島 技術屋というか、自分で見て盗むところもあるかと思いますので、先輩から手取り足取り事細かに教えてもらえる訳ではないですよ。教えようのない部分もありますからね。でも、これだけやってきても、会心のスタートって多くはないんですよ。完璧と思えたスタートは、何回もない。

 ただ、僕らは「安全に円滑に」というのが一番ですので、そこはいつも頭に入れています。僕らが一番目指しているのは、「最初に枠入りした馬がゲートの中にいる時間をなるべく短くすること」です。1頭目の馬が入ったら、あとは速やかに。そうすれば、駐立の時間も短くなって、暴れる馬も少なくなるはずですからね。

赤見 レースの大事な部分を担っていますし、やりがいも感じていらっしゃるのではないですか?

長島 ええ。やりがいは大きいです。実際、JRAに入ってくる人でスターターになりたいって人は多いんですが、そのうち見かけなくなります(笑)。本当は地味な仕事ですしね。華やかに見えるのは表の部分だけ。でも、当たり前のことを当たり前にこなす。舞い上がらず、焦らず、平常心が大事です。やはりアクシデントが起きたときは、誰だって平常心ではいられなくなると思うんです。でも、そこで冷静さを欠いてさらに悪い方向に行けば、それは大きなミスにもつながってしまいますからね。

 我々は即断しなければいけないので、そのためには積み重ねた経験が必要でしょうし、それが自信にもなるんだと思います。ただ、その慣れというのもまた、一歩間違うと大きな事故にも繋がりかねない。緊張感を持ちながら平常心でいる、そういうことを心掛けて、毎レース毎レースに臨んでいます。(了)

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東奈緒美 1983年1月2日生まれ、三重県出身。タレントとして関西圏を中心にテレビやCMで活躍中。グリーンチャンネル「トレセンリポート」のレギュラーリポーターを務めたことで、競馬に興味を抱き、また多くの競馬関係者との交流を深めている。

赤見千尋 1978年2月2日生まれ、群馬県出身。98年10月に公営高崎競馬の騎手としてデビュー。以来、高崎競馬廃止の05年1月まで騎乗を続けた。通算成績は2033戦91勝。引退後は、グリーンチャンネル「トレセンTIME」の美浦リポーターを担当したほか、KBS京都「競馬展望プラス」MC、秋田書店「プレイコミック」で連載した「優駿の門・ASUMI」の原作を手掛けるなど幅広く活躍。

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