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▲南相馬で暮らす重賞3勝のマイネルアムンゼン
(前回のつづき)
帝王賞馬マキバスナイパー、今年20歳に
仲山トレーニングセンターの佐藤徳(いさお)さんが初めて馬に乗ったのは小学生の時だった。
「知り合いの家が競走馬の育成をやっていて、そこに行って初めて馬に乗せてもらったのが、記憶では小学5年生の時です。でもウチは親が野馬追に出ていたわけではないので、お祭りに初めて参加したのは20歳からです」
以来、会社務めをしながら、野馬追に関わり、馬とともに生きてきた。
会社を退職してから、知人が住まなくなった建物と土地を借り受け、馬場を作った。(上と下の)写真のように人が住んでいた座敷を利用した馬房もある。車で数分の場所にある自宅から、佐藤さんは仲山トレーニングセンターに毎日通って、馬の世話をしているのだ。
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▲マキバスナイパーがいる馬房
現在、ここには8頭の馬が暮らしている。その中に2001年の帝王賞(GI)などビッグタイトルを手にしたマキバスナイパー(セン20)がいる。1995年5月29日に北海道中川郡池田町の千葉新田牧場で生まれた。父はペキンリュウエン、母スコールディング、母父はRaise a Nativeという血統だ。父のペキンリュウエンはアメリカ産馬。1980年〜1985年まで中央競馬で走り、重賞勝ちこそなかったものの、2度のレコード勝ちを含め24戦して7勝という成績を残している。
ペキンリュウエンの数少ない産駒の1頭のマキバスナイパーは、1998年1月4日に船橋競馬でデビューし、2004年5月には高崎競馬へと移籍。2004年10月10日の東国賞(8着)が最後のレースとなった。その間、前述した帝王賞をはじめ、2000年、2002年の彩の国浦和記念、2002年の日本テレビ盃(GII)などの重賞を制し、67戦して21もの勝ち星を挙げる活躍をしている。
現役を退いた同馬は2005年から千葉新田牧場で種牡馬入りしたが、3頭種付けしたのみで2006年には用途変更となり、種牡馬を引退した。繋養されていた千葉新田牧場が閉鎖されると、南相馬市の菅野牧場に移り、BTC(当時)の助成金を受けながら余生を過ごしていた。
だがその生活も長くは続かなかった。東日本大震災時に起きた福島第一原発事故の影響で、小高区にあった繋養先は避難せざるを得なくなった。それに伴い、福島県内のNPO法人を経て、マキバスナイパーは仲山トレーニングセンターへとやって来たのだった。
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▲種牡馬を経て各地を転々、現在の仲山トレーニングセンターにたどり着いた
「菅野さんと知り合いでしたから、私のところにお願いしたいということでした。この馬は気性は荒くはないのですけど、とても元気が良かったので去勢をしました」
同馬は、テレビにも出演している。「昨年秋にはNHKの『のんびりゆったり路線バスの旅』で紹介されましたよ。グリーンチャンネルにも、マキバとメジロ(マイヤー)が出ましたしね。それにこの馬はものすごく大人しくて、誰が乗っても、どこに行っても大丈夫なんですよ」
ところがここのところ、体調を崩しているという。
「7月までは乗っていましたし、野馬追にも出たのですが、それから少したって歩かせるとフラつくようになったんですよ。腫れるのは右トモなのでそこが悪いのかなと思うのですけど、獣医さんが診てもはっきり原因がわからないんですよね。薬を塗ったり注射をしたりといろいろ治療しましたが、今のところはまだ回復はしていないんです」
確かに馬房から引き出されて馬繋場に歩いてくる間も、後ろ脚の歩様がおぼつかない。それでも発症した当初よりは、腫れも引いてきているようだ。「前は壁に寄りかからないと立っていられなかったのですが、今はそうしなくても大丈夫になりました」
今年、20歳。佐藤さんは「長生きさせたい」と、マキバスナイパーを労わっていた。
マキバスナイパーらが余生を過ごす南相馬市には常時100頭以上、相馬市まで含めると200頭以上の馬がいると言われている。だがこの地域には、馬専門の獣医がいないに等しい。
「高齢の獣医さんはいるんですけどね。あとは牛メインの獣医で、馬専門ではないので…。仙台の方から来てくれる獣医さんもいますけど、遠いですしその分出張費もかかります。ですから常駐していなくても、週に2回とか定期的に獣医が来てくれるように、行政に何とか手助けしてもらえないかという話はしているんです」と佐藤さん。
前回登場したメジロマイヤーや今回のマキバスナイパーもそうだが、獣医師に初期の処置をしてもらった後は、飼養者自らが治療をしなければならないことが多い。生き物に怪我や病気はつきものだし、何が起こるかわからない。南相馬、相馬に暮らす200頭以上の馬たちを養っている人たちも、獣医が身近にいてくれれば安心して飼養できる。馬と人のためにも、そのような環境が1日も早く整ってくれるようにと願うばかりだ。
重賞3勝マイネルアムンゼン、野馬追で活躍
マキバスナイパーと一緒に、仲山トレーニングセンターに移動してきた馬がもう1頭いる。2003年、2004年とエプソムC(GIII)を連覇し、2004年の新潟大賞典(GIII)も制したマイネルアムンゼン(セン16歳)だ。
1999年3月5日、北海道静内町のビッグレッドファームでマイネルアムンゼンは生を受ける。父ペンタイア、母はダイナマッケンジー、母父はノーザンテーストという血統だ。美浦の田中清隆厩舎の管理馬となり、2001年12月2日にデビューして2戦目に勝ち上がった。3歳秋にはセントライト記念(GII)で3着となり、菊花賞(GI・14着)にも駒を進めた。4歳春にオープン入りすると、すぐにエプソムCで重賞初制覇を果たしている。その後は重賞の常連として活躍し、前述通り、重賞で3勝という成績を残して引退した。
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▲重賞の常連として活躍したマイネルアムンゼン
こちらも震災当時は菅野牧場にいたために、マキバスナイパーと同じ経緯で仲山トレーニングセンターが新しい棲家となった。
「マキバ(スナイパー)とこの馬は、菅野さんからの預かりという形になっているんです。菅野さんは小高ですから、原発事故で帰れなくなってしまったんですよ」
人と馬のそれまでの生活が、すべて奪われ、根底から変えられてしまう。それが原発事故の理不尽さでもある。南相馬で取材するたびに、思い知らされる現実でもある。
「この馬は今でもイレ込むというのか、ピリピリしていますね。常に人を落とそうとか、走り出そうとしています(笑)。だから安心しては乗れません。ちょっと乗れる人じゃないと、落とされる可能性があります。でも落とされるくらいの馬に乗らないと、うまくはならないというのもありますね(笑)。
普段は大人しいですよ。曳き馬しても大人しいです。でも人が乗るとピリピリします。お祭りではビックリした顔はしないけど、支度する時からじっとはしていません。セン馬になってもこれだけピリピリするということは、昔からそういう気性だったのかもしれませんね」
馬繋場にいる時のアムンゼンは、ピリピリするのが想像できないほど穏やかな目をしていた。人が乗ると変わる様を、機会があったら是非見てみたい。
「この馬は、野馬追ではお行列と神旗争奪戦に出ています。今年は神旗争奪戦で旗を1本取りましたよ」、佐藤さんに褒められると、アムンゼンが誇らしげな表情をしたように見えた。
仲山トレーニングセンターの馬たちに別れを告げ、佐藤さんに案内されて近隣のSAKAIを訪ねた。厩舎の外側の窓から顔を出し、目の前に流れる川を眺める1頭の馬がいた。2008年のオーシャンS(GIII)、2009年のCBC賞(GIII)、京阪杯(GIII)に優勝したプレミアムボックス(セン12)だ。
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▲短距離戦線で活躍したプレミアムボックス
「この馬は以前、ウチにいたんです。あいにく今日は人がいないから、今度また来て取材すると良いですよ。紹介してあげますから」と、佐藤さんが有難い申し出をしてくださった。どの馬にも、それぞれにストーリーがある。次に南相馬に来る時は、プレミアムボックスのストーリーをじっくり聞いてみよう。そう心に誓って、南相馬を後にした。(了)
(取材・文・写真:佐々木祥恵)
※メジロマイヤー、グラスワールド、マキバスナイパー、マイネルアムンゼンは、見学可です。
仲山トレーニングセンター
〒975-0071 南相馬市原町区深野中山宮平
電話 090-3759-4419(佐藤徳さん)
展示時間 8時〜15時
(見学申し込み方法 要事前連絡 2日前まで)
引退名馬(meiba.jp)のメジロマイヤーの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1999106614引退名馬(meiba.jp)のグラスワールドの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1996110186引退名馬(meiba.jp)のマキバスナイパーの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1995108222引退名馬(meiba.jp)のマイネルアムンゼンの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/1999100878※プレミアムボックスも見学可です。
SAKAI
〒975-0071 南相馬市原町区深野字中川原167
電話 090-1935-6282
展示時間 10時〜16時(土日祝日が都合良い)
(見学申し込み方法 要事前連絡 3〜4日前まで)
引退名馬(meiba.jp)のプレミアムボックスの頁
https://www.meiba.jp/horses/view/2003102587