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「第3の黒船」襲来? TPPは競走馬生産界にいかなる影響を及ぼすか

  • 2015年12月21日(月) 18時01分
 競走馬生産界を「第3の黒船」が襲うのか? 10月5日に米アトランタの閣僚会合で大筋合意に至った環太平洋経済連携協定(TPP)。日米を始め、カナダ、豪州、メキシコなど12カ国が参加するTPPは、世界全体の経済規模の4割を占める(首相官邸ホームページ)という巨大経済圏の出現と伝えられている。TPPは広範な関税撤廃に加え、サービス・投資の自由化、知的財産や金融、電子商取引などに関するルールの構築を目的とする。競走馬に関しては、現在1頭当たり340万円の輸入関税が段階的に撤廃される見通しとなった。1971年の活馬(競走馬)輸入自由化、92年に始まるJRAの外国産馬出走制限緩和策と、国際化の洗礼を受けてきた国内生産界。TPPはいかなる影響を及ぼすか。

撤廃は21年越し 厳格なセーフガード


 10月に農水省が発表した「大筋合意の概要(追加資料)」には、軽種馬の項目があり、(1)妊娠馬については、即時関税撤廃 (2)競走馬については、段階的に16年目に関税撤廃。セーフガードを措置――とされている。

 一般にセーフガードとは、輸入急増により国内産業に損害が生じた際、関税引き上げや輸入数量制限を可能とするもの。農産物に関しては世界貿易機関(WTO)のウルグアイラウンド(多角的貿易交渉)で輸入制限を関税に切り替える自由化措置が進められた際、代償として認められた。輸入量や価格が一定の基準を超えた際、自動的に関税を課する。今回の大筋合意に際して、競走馬のセーフガード発動基準価格は850万円に設定された。この価格は近年の米国からの輸入馬の平均価格を基にしており、実際には基準を1割下回る765万円未満の価格の馬から関税が追加される。

 関税のかけられ方は少々複雑だ。基準価格850万円に対する輸入馬の価格の比率に応じて、4つの価格帯を設定。価格帯に応じて、現在の340万円と輸入時点の関税額との差額を縮める形で追加関税を賦課する。例えば、価格212万5000円(基準価格の25%)未満の馬には差額の100%が追加されるため、従来と同額となる。

 一方、510万円以上765万円未満(60-90%)の馬には、現行の 340万円と輸入時点の関税額の差額の30%が追加される。関税は16年で撤廃されるため、中間の8年目で170万円まで引き下げられるが、上記の価格帯なら差額の170万円の30%相当の51万円が追加され、税額は221万円となる。

 この辺は複雑なので、関心のある方は同省のHPを参照されたいが、筆者が一連の条件を見て感じたのは、セーフガードの条件の厳しさである。それ以前に、米国から輸入される馬の平均価格が850万円というのも驚きだった。

 関税に輸送費を加えると500万円はかかる点を考慮すると、もっと高い馬を買う人が多いと思っていた。ただ、同省が11月4日付で公表した「品目別参考資料」では、財務省統計と輸入頭数の動向を基に09-13年の平均価格を1300-1800万円と算出しており、この方が実態に近いだろう。将来的に関税が撤廃されれば、もっと安い馬が流入する可能性をも考慮して設定されたものと思われる。

 では、実際問題として日本に輸入されている馬は増えているのか。結論から言えばむしろ逆だ。一般のファンも毎週のレースで、外国産馬の存在感がさほど大きくはないと感じているだろう。輸入競走馬が過去最多を記録したのは97年で 453頭。だが、ここから現在に至るまで減少傾向が続いており、07年以降は一度も200頭を超えたことはなく、一昨年に至ってはわずか106頭と93年以降で最少を記録した。

教えてノモケン

▲国内生産頭数と輸入頭数の推移


 09-14年の6年間で最も多かった年でも154頭(11年)に過ぎない。92年にJRAの8カ年計画が始まった当時、国内生産界はある金融系有力シンクタンクに、市場開放の国内生産への影響に関する調査を依頼したことがあるが、結果は輸入馬が1000頭を超えるというもので、結果は大外れだった。

 シンクタンクの名誉のために付け加えるなら、依頼主の意向が働いて数字が膨らんだ面はあったようだが、現実の展開は真逆。97年以降、金融不安に端を発した長期不況が深刻化するとともに、国内生産も輸入も足並みをそろえて萎縮して行った。こうした中で、サンデーサイレンス系と社台グループの独り勝ち状況が固定化し、勝てない外国産馬に、馬主も魅力を感じていない状況は今も同じ。時折、目に付く成績を残す馬も現れるが、背景をよく見ると、仲介したのが実は社台グループ関係者だったという例をよく見かける。

妊娠馬の関税撤廃に関心


 TPPによる関税削減がいつ発効するか自体が不透明で、何しろ来年には米大統領選挙という大きな山が待っている。仮に発効したにしても、輸入競走馬を巡る状況が急速に変わるとは思えない。むしろ、注目を集めているのは受胎した繁殖牝馬の関税撤廃措置である。

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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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