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【JRA賞受賞】ショウナン国本哲秀氏(2)『馬券ファンから始まった競馬人生 だからファンは仲間』

  • 2016年01月26日(火) 18時01分
(つづき)

有馬記念目前に回避を即断


 2014年7月、netkeibaの「ノンフィクション・ファイル」というコーナーで国本のインタビューを敢行(記事はこちらから)。馬選びのポイントから生産界への提言まで、独自の競馬哲学を大いに語ってもらったのだが、そのなかで当時1勝馬だったパンドラにも触れ、国本はこう言い切った。

「夏に一度使って、秋は紫苑Sから秋華賞と、もう決めています」

 繰り返すが、春シーズン終了時点のパンドラは6戦1勝の500万条件馬で、秋華賞を目指すのであれば、決して猶予のある立場ではなかった。しかし、5月24日のカーネーションC2着を最後に放牧に出され、前述した通りのローテが組まれていた。取材後、夏の貴重な一戦である8月16日・新潟9Rの糸魚川特別(500万)を快勝。秋は青写真通り、紫苑S2着で最後の一冠への切符をつかみ、見事、秋華賞馬となった。

ノンフィクション

▲秋華賞優勝時のショウナンパンドラ


「3歳の夏に詰めて使っていたら、たぶん今はないだろうね」と国本。パンドラの出世物語は、国本の信念のもと、1勝馬のときから始まっていたのだ。

「新潟の500万を勝ったあと、ちょうど牝馬限定の1000万があって、もちろん気持ちとしては使いたいんですよ。でも、高野先生と相談して『止めよう』と。勝負になると思った馬は、先々を見据えたローテーションを組んで、無理使いせずに能力を伸ばすというのが僕の考え方。休ませることを恐れない。思うように結果が出なかったら、また軌道修正すればいい。夢が叶ったらいいなとは常々思っているけれど、目の前にある夢がいいのか、あるいはもっと先の夢まで見たいのか。競馬って、そういうものだと思いますよ」

“もっと先の夢を”──国本のこの信念は、たとえ有馬記念というビッグレースを前にしても揺らぐことはなかった。ファン投票で上位に選出され、一度は出走を決めたグランプリだったが、最終追い切りを見届けた高野からの報告で、あっさりと回避を決めたのだ。

「調教師いわく『いつもの追い切り後と様子が違う』と。具体的には、追い切った後なのに汗をかいていなかったらしくてね。気になる点はその一点だったんだけど、僕は迷わず、『先生、有馬記念は止めましょう』と言ったんです。そうしたら、高野先生はやっぱりすごいね、『オーナー、ありがとうございます。出せない状態ではないけれど、僕もここは回避がいいと思っていました』と、ここでも先生と僕の気持ちが一致してね」

 秋の一連のレースから、勝負になることはわかっていた。しかも、有馬記念で馬主に入る出走手当は、破格の1000万。調教師が“出せない状態ではない”というのであれば、馬主として出走に傾いても何らおかしくない状況だった。しかし、ここで迷わないのが国本だ。まさしく“信念”である。

「池添ジョッキーには迷惑を掛けてしまったけれど、僕はね、少しでも不安があるなら止める。絶対に無理はさせない。実際、精密検査をしたら何の異常もなかったんだけど、どんな些細なことでも“いつもと違った”ということは、パンドラは何かを伝えたかったのかもしれないと思って。物を言えない馬と付き合っていく上で、こういう感覚は本当に大事だと思う」

「喜びを共有したい」感謝をこめて…マル秘企画を発表!


 そんな国本だけに、終わらない夢の続きを求めて、年に何度も馬産地を訪ねる。それは、馬主として以前からのルーティンではあるが、自分だけの馬の見方を確立したのはここ5〜6年だそう。そのポイントについては、「“1+1=2”の世界じゃないから、具体的には説明できない」というが、パンドラを筆頭に、マイティ、アデラ、ラグーン、アチーヴ、バッハ、アポロンなどなど、ここ数年の所有馬の活躍が、何より国本の眼が正しいことを物語っている。

「調教師の先生方は、毎日馬と向き合っているわけだから、そりゃあ馬を見る目はすごいと思いますよ。でもね、馬主はお金を出すんです。毎年毎年、身を切らされるわけですよ(笑)。そうすると、何が良くて走ったのか、あるいは何で走らなかったのか、いやでも日々勉強するようになるんです。それを繰り返すうちに、自分なりに見えてくるものがある。30年、馬主を続けてきて、おかげさまで充実度は今が一番ですね」

 所有馬のラインナップを見る限り、まさに充実一途といったところだが、「今年の5月で僕も73歳。だんだんと老いていくなかで、そろそろ現役引退かなぁと思うこともある」と語る国本。しかし、そんな気持ちに“待った”をかけてくれるのも、所有馬の存在だという。

「馬が馬主に与えてくれるものってすごいんですよ。ジャパンCの勝利にしてもね、『オーナー、引退なんて言わないで。私、まだ走るから』っていうパンドラからのメッセージのような気がしてね。感動を与えてくれるのはもちろん、馬から教えられることって本当に多くて、だから僕は、少しずつでも馬に返していきたい。とりあえず、ジャパンCで得た賞金は、全部新しい馬を購入するための資金にします。馬が私に与えてくれたお金ですから、全部馬に返すつもりでね」

 と、仰天プランを明かしてくれた。馬が運んできてくれた夢を元手に、また夢を買う。いかにも国本らしいが、ジャパンCを勝ったことで、その夢の矛先に変化はないのだろうか。時流として、矛先のひとつとなりえるのが海外のビッグレース。一昨年の取材時には「海外の大きいレースを勝ちたいという気持ちはまったくない」と断言していたが…。

「そういうお話をいただく機会は増えましたが、まったく興味がありません。お誘いも全部お断りしました。馬がどうこうではなく、“ショウナン”がまだそのレベルにきていない。そうだなぁ、GIを10勝したら考えますよ。まだ5勝ですからね。海外を目指すのは早いと思っています。ジャパンCを勝ったからといって、僕はおごることはない。次のステップを考えると、逆に不安ですよ」

「それよりも…」と、言葉を続けた国本。どうやら、国本のベクトルは別の方向に向いているようだ。

「僕の競馬人生は、しがない一馬券ファンから始まっていますからね。今も変わらず、ファンは仲間だと思ってる。有馬記念の回避にしても、少しでも不安を抱えたまま出走させたら、お金を賭けてくれるファンに申し訳ないという気持ちもあった。競馬はファンがいるからこれだけ盛り上がるんだし、我々馬主だって、ファンがいるから今、この場所にいられる。だから、ショウナンを応援してくれるファンと、これからもいろんな思いを共有していきたい」

ノンフィクション

▲「競馬はファンがいるからこれだけ盛り上がる、馬主だってファンがいるからこの場所にいられる」


「ファンは仲間」の言葉通り、準オープンまでの勝ち馬のゼッケンは、ウィナーズサークルで一般のファンにその場でプレゼントしているという国本。一部のファンの間では、“ショウナン名物”となっている光景だという。さらに、現3歳馬についてはnetkeibaを通して名付け親を募集し、勝ち上がった馬のゼッケンは名付け親にプレゼント。まさに、喜びを共有しようという国本の粋な計らいである。さらに、ファンにとってはたまらない、こんなうれしい計画も。

「パンドラのジャパンC制覇を祝してパーティを企画しているんだけど、その場にね、netkeibaの会員さんを10名くらい招待するつもりです(※詳細は後日サイト内で告知いたします)。今後は、そういう機会を増やせるように、もっともっと“強い馬作り”という夢を追いかけていきたいね」

 この春は、宝塚記念を最大目標に、大阪杯からヴィクトリアMというローテーションが予定されているショウナンパンドラ。もちろん、パンドラ以外にも、期待馬を挙げれば枚挙にいとまがない。はたして、どんな夢の続きを見せてくれるのか──。2016年も、国本率いる“ショウナン軍団”から目が離せない。

(了、文中敬称略)

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