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調教師定年制はなぜ始まったか(1) 馬房を巡る複雑な事情

  • 2016年02月29日(月) 18時01分
教えてノモケン

▲(左から)今年定年を迎えた武田博師、松田博資師、橋口弘次郎師


 競馬界で3月は人事の季節である。騎手、調教師の免許は3月更新で、引退者と新人がこの時期に入れ替わる。JRAの役職員の大規模な人事異動も重なり、多くの人が動く。70歳で定年となる調教師の場合、今年は栗東所属の3人が該当する。ブエナビスタの松田博資調教師、ハーツクライとワンアンドオンリー親子が代表馬の橋口弘次郎調教師が去るとなれば、感慨の深いファンも少なくないだろう。

 平均寿命が80歳を超える今の日本で、「70歳定年は早い」という声も聞かれる。実際、ディープインパクトの池江泰郎・元調教師や、定年間際に通算1000勝の偉業を達成した松山康久・元調教師の引退の際は、「惜しい人材で、定年を延長しては」という意見も出された。今年の2人についても、同じ思いの人は多いことだろう。では、問題の調教師定年制はいかなる経緯で導入されたのか? 歴史をたどると、JRAの厩舎(馬房)を巡る複雑な事情の一端が見えてくるはずだ。

馬不足下の自由競争―トレセン以前


 今や、ファンの大半は美浦、栗東両トレセン以前の競馬を知らない。その点は筆者も同じだが、小学校時代に京王線の東府中駅に近い高台で、午後運動をする東京在厩馬を見た記憶はある。美浦移転は1978年で、その数年前である。今日でも地方競馬場では平素の調教が行われるが、中央の関西地区では71年に栗東移転が完了。上記のような風景は東京、中山(白井分場もあった)でしか見られなかったことになる。76年刊行のJRAの20年史には、当時の競馬場別の在籍頭数、調教師数が掲載されているが、66年の時点では現在の4大競馬場のほか、中京に10名、函館、福島に各1名が所属していた。函館、福島の開業調教師は翌67年で姿を消したが、中京組は栗東開場後も残り、移転完了は71年だった。

 馬房の貸し付け数も今日では想像のつかない世界だった。現在は原則20馬房で、成績に応じて増減するが、上限が28に設定されている。だが、75年3月時点では40馬房が9人だった一方、8馬房が中山に1人、10馬房は東西に9人いた。こうした格差は、それ以前の自由競争時代の名残である。「大尾形」といわれ、数々の大記録を樹立した尾形藤吉調教師(故人)は東京所属で、 100馬房の規模を誇っていたとされる。

 尾形氏が活躍した当時は今日と比べ、とにかく馬が足りなかった時代で、多くの顧客を抱え、馬房を埋めるのは至難の業だった。逆に言えば、馬を集める能力のある人に多くの馬房を割り当てた方が、施行者側も出走馬を確保しやすかったのだ。ついでに言えば、馬房貸し付けの対象は調教師に限られず、60年5月に改定された厩舎貸付基準では「競走馬8頭以上所有する馬主」も対象に入っていた。この基準は74年改定で調教師限定とされるまでは効力があった。ところが、戦後の高度経済成長が競馬界に波及し、馬が増えると、厩舎事情も一変した。

 65年の時点で国内のサラブレッド系生産頭数は2165頭だったが、71年の活馬輸入自由化を挟んで急増し、73年は6173頭と実に4000頭以上も増えた。中央の預託頭数も66年の2631頭から71年は4310頭と約64%増。これを受けて、各競馬場も馬房増設を進め、65年から74年で中山は55、東京は181も増やしたが、登録馬の増加に追いつけず、トレセンでの集中管理方式導入の根拠となった。こうした中、調教師数もジリジリと増え続け、馬房という限られた資源の配分が難しくなって行く。

終身職から定年導入へ


「調教師とは何をする人か」は、時代とともに微妙に移り変わり、説明が難しい面があるが、一種の経営者であることは確かだ。JRAでも馬房を貸与されている人を「経営調教師」と呼ぶ。

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1964年1月19日、東京都出身。87年4月、毎日新聞に入社。長野支局を経て、91年から東京本社運動部に移り、競馬のほか一般スポーツ、プロ野球、サッカーなどを担当。96年から日本経済新聞東京本社運動部に移り、関東の競馬担当記者として現在に至る。ラジオNIKKEIの中央競馬実況中継(土曜日)解説。著書に「競馬よ」(日本経済新聞出版)。

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