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【ユーイチの眼】『藤田菜七子騎手 面白いジョッキーに育つ可能性十分』

  • 2016年04月05日(火) 18時01分
祐言実行

▲一躍時の人となった藤田菜七子騎手、自身のデビュー時と重なる部分も


自分を見失わないよう、一歩ずつ


 3月24日、藤田菜七子騎手が浦和競馬で初勝利を挙げた。日を追うごとに報道が過熱していた時期だっただけに、本人もさぞかしホッとしたことだろう。

 先日(3月15日)、高知競馬で一緒になり、少しだけだが初めて話をした。彼女の口から突いて出るのは、「頑張らなくちゃ」「私が頑張れば…」といった言葉ばかり。彼女ほどではないが、自分もデビュー時には話題が先行し、「注目されているうちに勝たなくては…」というプレッシャーがあっただけに、今の彼女の気持ちはよくわかる。思えば、デビューして5年くらいは、「勝たなければ…」という焦りにも似た気持ちに追われて、心が休まる日が一日もなかった。

 彼女との状況の違いは、自分の場合、北橋先生が競馬以外の取材をすべてシャットアウトしてくれたこと。当時はジョッキーがテレビに出たりすることを良しとしない時代だったこともあり、「祐一が自分を見失わないように」「祐一が周りから誤解されないように」という措置だったのだと思う。

 とはいえ、当時の自分はまだ十代。そもそもジョッキーとして有名になりたくてこの世界に入ってきたわけで、「もっとテレビにも出たいし、取材も受けたいのに!」と思っていたが(笑)、今考えれば、そうした保護下に置いてもらえたことは本当に大きかった。

 ただ、彼女に注目が集まっているこの状況を悪いことだとは思わない。おそらく、彼女自身はもちろん、JRAにとっても関係者にとっても、この騒ぎは想像以上だと思うが、新聞の一面に記事が載ったり、競馬以外の番組で取り上げられたりすることは、競馬界にとってはすごく大きなこと。昔のように、それだけで「チャラチャラ」していると嫌悪感を抱かれることもないはずだ。

 たとえば、収入の話をさせたりなどの下世話な番組は避けるべきだと思うが、そういった選択は周りの大人たちがコントロールすること。そのあたりのコントロールがうまくできれば、注目が集まること自体は彼女にとってもマイナスではないと思う。

 いっぽうで、将来について、今囃し立てている人たちが誰も責任を取ってくれないことも事実。そこは“自分自身”に懸かっている。だから、彼女には過去の自分を引き合いに、「周りの騒ぎに浮かれて流されることなく、自分を見失わないように。ジョッキーとして一歩ずつ、技術を身に付けていくことが大事」だという話をした。騎乗を見ていても、今はまだ緊張や焦りでいっぱいいっぱいなのが伝わってくるが、競馬学校時代の印象からして、もっと上手に乗れるはず。そこはもう、経験を積むしか解消の術はない。

祐言実行

▲緊張のJRAデビュー、3月5日中山競馬場のパドックにて(撮影:下野雄規)


祐言実行

▲3月24日の浦和競馬場で待望の初勝利 笑顔を見せた藤田菜七子騎手(撮影:武田明彦)


 デビューから約1か月が経った今でも、彼女の騎乗数は決して多いとはいえない。ただ、自分たちがデビューした頃に比べ、リサ(オールプレス)をはじめとする女性ジョッキーの活躍もあって、関係者の抵抗が少なくなってきているのを感じる。

 聞いた話だが、昔は女性のトレセンへの出入りすら禁止されていた世界。女性が厩舎に入った後は塩をまいたという話もあるくらいだ。今でこそ信じられないが、長らくそういった風潮にあったのが競馬界。そこからスタートしているだけに、女性が活躍するのは確かに難しい世界ではある。ただ、自分は決して無理だとは思わない。

 当然、身体的に男性に劣る部分はあると思うが、逆に女性にしかない感覚もあるはず。彼女はきっと、「男性に負けないように」という思いで頑張っているはずだが、男性と同じように乗ることを目指す必要はないと思う。

「なぜかわからないけど、あの子が乗ると伸びるね」。極端にいえば、乗せる側にそういう認識が生まれれば彼女の勝ちだ。自分は男だから、女性であるがゆえの武器が何かはわからない。でも、きっとあるはずだと思うし、そういう武器を見つけられたら、彼女なら面白いジョッキーに育つ可能性は十分にある。

 とにかく今、彼女にとって大事なのは、中央、地方を問わず、ひとつでも数多く乗ること。真面目で本当にいい子だし、周りのバックアップを得て、ちゃんと育ってほしいと心から思う。もちろん、今後も同じ場所で乗る機会があれば、アドバイスは惜しまない。

 そうそう、5月4日に高知競馬場で親父のイベント(第7回 福永洋一記念)があるのだが、交流戦が組まれるとのことで、乗りに来てくれないかなぁと密かに期待してるのだが(笑)。

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祐言実行とは
2013年にJRA賞最多勝利騎手に輝き、日本競馬界を牽引する福永祐一。まだまだ戦の途中ではあるが、有言実行を体現してきた彼には語り継ぐべきことがある。ジョッキー目線のレース回顧『ユーイチの眼』や『今月の喜怒哀楽』『ユーザー質問』など、盛りだくさんの内容をお届け。

1976年12月9日、滋賀県生まれ。1996年に北橋修二厩舎からデビュー。初日に2連勝を飾り、JRA賞最多勝利新人騎手に輝く。1999年、プリモディーネの桜花賞でGI初勝利。2005年、シーザリオで日米オークス優勝。2013年、JRA賞最多勝利騎手、最多賞金獲得騎手、初代MVJを獲得。2014年のドバイDFをジャスタウェイで優勝。

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