グルーミングを通じての馬への愛情
認定NPO法人引退馬協会では、隔月で「フォスターホースと過ごす日」という、会員の皆さんが馬たちを身近に感じ、触れ合うことのできるイベントを千葉県香取市の乗馬倶楽部イグレットで開催している。
これは前身の「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」時代から長年に渡って続いているイベントだ。今年3回目となる「フォスターホースと過ごす日」は、6月12日(日)に行われ、30人以上が参加した。
この日のメニューは、曳き馬による乗馬とグルーミングインストラクターの川越靖幸さんによる馬のお手入れ講習。曳き馬体験には、通称ビービー君ことブラックビューティ(セン26・競走馬名ヤマショウタイヨウ)とフォスターホースのハリマブライト(牝21)が登場し、参加者多数の中、幸運にも抽選を突破した方々が馬の背に揺られて緑の中を闊歩した。
▲馬はおしゃれなイヤーネットを装着したハリマブライト。初めて馬に乗る参加者にスタッフが乗り方を実践して見せる
▲同じく曳き馬体験。馬はビービー君ことブラックビューティ
「実際に馬に騎乗してみて、乗った時の高さや馬の雰囲気を感じる体験をして、馬が身近になるということがあると思うんですよね。2か月に1回でも乗ることによって、馬との距離がとても近くなるという感触があるようです。20年近く前に初めて開催した時には、誰も馬に近づけなかったんですよ(笑)。それでいざ馬に乗ってみると『騎手の気持ちがわかりました!』(笑)とか、初めはそのような感じでした(笑)」
と、引退馬協会代表の沼田恭子さんは、曳き馬体験について話をしてくれた。それが年数を重ねていくうちに、会員にも変化が見え始めた。
「継続的にいらっしゃって下さる方は、かなり馬が身近な存在になったようですね。やはり競馬場で目にする馬は、表情もよくわからないですし、遠い存在なんですよね。馬の体温や元々の生態に近いものを感じると、親しさも増してくると思うんですよ。それに馬が生きているという感覚を持たないと、馬たちの引退後については考えが及ばないと思いますしね。このイベントを始めたのも、それを皆さんに考えてほしかったからなんです」(沼田さん)
引退馬協会の賛同会員の友人に誘われて、この日十数年振りに馬の背に揺られたというクロフネ大好きの女性(60代)は、
「久しぶりに乗りましたけど、馬の背中は良いですね。温かくて、可愛くて。馬が大好きなんですけど、この辺で気軽に馬を見られるのは競馬場しかないですしね。それで今回このような機会を友人に作ってもらえましたし、せっかくですから馬に跨ってみました。馬の上から眺める景色は良いですし、やはり気持ちが洗われますね」
と、嬉しそうに感想を話してくれた。沼田さんの言葉通り、実際に馬に乗ることによって馬を身近な存在に感じ、素晴らしい生き物だと実感できる。乗馬という体験が、人の意識を変えると言っても決して過言ではないだろう。
この日は行われなかったが、フォスターホースや再就職支援プログラムで馴致訓練をされている馬たちに日頃携わっているスタッフが、馬たちの素顔をユーモアたっぷりに説明する、馬房前トークも人気だ。前回の4月17日(日)の「フォスターホースと過ごす日」でも、スタッフの語る楽しいトークに、参加者たちは大いに盛り上がっていた。
▲4月17日のイベントで行われたスタッフによる馬房前トーク。馬はオキテ(セン6)で、今月6日に北海道の再就職先へと無事到着
また前回に引き続いて行われたグルーミングインストラクターの川越さんによる馬のお手入れ講習では、熱心にメモを取る参加者の姿が印象的だった。前脚の付け根の皺が寄った部分にたまった汚れを金グシで落とすという裏ワザも披露。
引退馬協会の会員で乗馬倶楽部イグレットで乗馬も習っているという女性のM.Aさんは
「白っぽくなっているところは模様だと思っていたのですけど(笑)、金グシで固まった汚れを取るのを見て、模様ではなくてそれは汚れだとわかりました。乗るだけで疲れてグタグタになってしまい、ここのところお手入れがおろそかになっているので、今日は反省しました」と、裏ワザに感銘を受けた様子だ。
グルーミングは、ただ単に馬体を綺麗にするだけではない。皺が寄った部分の汚れを落とすなど丁寧な手入れをすることで、未然にトラブルが防げて、ケガや異常も早期に発見できる。そのグルーミングからは「馬ができるだけ心地良く過ごせるように」という川越さんの馬への愛情が、講習を受けた方々にも伝わっていたように思う。
▲元JRA厩務員でグルーミングインストラクターの川越靖幸さんによる馬のお手入れ講習。モデルはハリマブライト
▲モデルはシルククラウン。メモを取りながら熱心に聞き入る皆さん
再就職支援プログラムの卒業生ボナンザータービン
「フォスターホースと過ごす日」を取材して、特定NPO法人引退馬協会の再就職支援プログラム(旧称・フォローアッププログラム)が気になった。
これは人と穏やかに暮らすための馴致調教を引退した競走馬に行うプログラムで、1頭につき、3、4か月を目安に人間に順応してゆっくり歩く練習や、乗馬の基礎的な運動などを通して、馬の性格や能力を把握し、馬それぞれに適した場所へと譲渡することを目指すものだという。
このプログラムの卒業生ボナンザータービン(牝5)が、千葉県富里市の乗馬倶楽部ファーム・クラインガルテンで乗馬となっていると聞いて、現地へと赴いた。
富里市を含む千葉県北部はかつては下総と呼ばれ、広大な牧には野生の馬が放牧されていた。平安時代の官牧(国有の牧場)から始まって、江戸時代の佐倉七牧へと発展したように、この地方の馬文化は古い歴史を持つ。佐倉七牧は時を経るごとにその姿を変え、明治21(1888)年に宮内庁管轄となった下総御料牧場へと繋がっていく。
昭和に入ってからは、イギリスからトウルヌソルやダイオライトを種牡馬として輸入。トウルヌソルはワカタカ、トクマサ、ヒサトモ、クモハタ、イエリュウ、クリフジの6頭の日本ダービー馬らを、ダイオライトは三冠馬セントライトなどを送り出し、下総の地からはあまたの名馬が輩出されてきた。現在も、競走馬の生産や育成が行われており、その歴史は今も受け継がれている。
ファーム・クラインガルテンも、以前競走馬を生産していた牧場を借り受けて営業をしている。木造の厩舎や広々とした敷地は、生産牧場の名残りを存分に感じさせてくれた。
代表の住川永見子さんにお話を伺っていると、馬場にはスタッフが騎乗した芦毛の馬が出てきた。コロン、ムチッとした若さ溢れる馬体が目を引く。
「あれがモモコですよ」(住川さん)
ボナンザータービンは、ここではモモコと名前を替えていた。
▲千葉県の乗馬倶楽部ファーム・クラインガルテンで乗馬となっているボナンザータービン
ボナンザータービンは、父ミツアキタービンと母ボナンザーオペラとの間に、2011年5月11日に新ひだか町の佐藤英雄さんの牧場で生まれた。父のミツアキタービンは、2004年のダイオライト記念(GII)、オギリキャップ記念(GII)と2つのダートグレード競走に優勝し、母の父メイセイオペラは、フェブラリーSを制して、地方所属馬として初めて中央競馬のGI馬となった岩手の雄だ。
地方競馬ファンならたまらない血統を持つこのボナンザータービンは、2013年8月に大井競馬でデビューしたものの、4戦目で剥離骨折が判明して、残念ながら未勝利のまま競走生活を終えている。そして引退後、ある方の導きによりフォローアッププログラム6期生として馴致調教を受けた。実は母のボナンザーオペラも、同じ方の導きによりフォローアッププログラムの2期生として調教を受け、新天地へと旅立って行ったという経緯がある。
母同様、無事プログラムを終了したボナンザータービンが、ファーム・クラインガルテンへとやって来たのは、2015年1月12日だった。
(次回へつづく)
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