アンセム 開業当時から担当している野中師がついに「今年はいいのいる」/吉田竜作マル秘週報
◆馬もそうだけど、人も育てなきゃいけない
開業当時から担当している野中厩舎。どの調教師もそうだろうが、特に同師が腐心しているように感じたのが、厩舎という集団の力を高めるということ。そのためにはスタッフに厳しく接することもあっただろう。しかし、この人は他人に求めるだけではない。自らも調教にまたがり、スタッフの手本であろうと努める。最新の馬術に触れようとヨーロッパへ出張したこともあった。
その野中師に毎年、「今年の2歳馬は思うようなラインアップになりそうですか」と聞いてきた。開業当時は「う〜ん、来年、その次くらいに揃うといいんだが」と語っていたが、今年はその微妙なニュアンスがなくなっていた。「今年はいいのがいる」。その言葉が指すのはおそらくアンセム(牡=父ディープインパクト、母オータムメロディー)だろう。同厩舎に所属し、12年のエリザベス女王杯で3着に入ったピクシープリンセスの全弟にあたる。
姉はいかにも牝馬といった品の良さがあった半面、繊細過ぎるくらいの馬だった。「入厩の前から少し怖い脚元をしていたし、カイバ食いやレースでも難しいところがあった」と振り返る野中師。しかし、その高いポテンシャルは16戦という少ないキャリアの中でも垣間見えたものだ。姉との比較を聞くと「牧場からずっと見てきたし、脚元にも気をつけて見てもらってきた。脚はきれいで、性別の差もあるのだろうけど、お姉さんほどピリピリしてはいない」
根岸助手も「カイバもバリバリ食べているよ」と姉の時に感じた不安はないようだ。「緩い馬というのはハミを頼ったりして、かかり加減になったりする。この馬もまだ入ったばかりで緩いけど、ハミを頼るようなところもなくちゃんと自分でバランスを取って走るんだ。それに馬というのは速いペースで走っている分には楽。逆にゆっくりした動きをさせようとすると、緩い馬は苦労する。それもすぐにこなしちゃったからね。こんな馬はそういないんじゃないかな」と大絶賛だ。
となると、この逸材をあとはどう仕上げるか。「人間が馬に教えてあげないといけない」と常々語っていた野中師。開業当時は自分の理想とは違っていたのか、「まだ自分の思っているほどとは…な」と言葉を濁していた。ところが最近は「若いスタッフに担当させているが、その子もいろいろな経験をしてきた。今なら大丈夫」と全幅の信頼を寄せている。
師匠の藤岡範士元調教師は野中調教師を時に厳しく、時に優しくホースマンとして育ててきた。「馬もそうだけど、人も育てなきゃいけない」。その言葉はまさに師匠から受け継いだ調教師としての神髄なのだろう。アンセムと野中厩舎が来春をどのように迎えるのか。長い目で見守っていただきたい。
◆母と同時期のデビュー目指す
札幌でゲート試験を3度不合格となったコロナシオン(牝=父キングカメハメハ、母ブエナビスタ)は、栗東に入るとあっさり合格した。「札幌の時は自分が乗って…」と苦笑いする池添学調教師だが、不合格が続いた理由はちゃんとある。
「わがままなのもあるけど、1頭で受験していたからね。こちらに来て大下騎手に乗ってもらって2頭で受けたら合格しました。1回目の出が悪かったのでどうかと思いましたが、そのあたりはさすがにジョッキー。うまくやってくれました」
このコーナーで何度か取り上げているが、この時期の2歳馬が1頭でゲート試験をパスするのはかなり難しい。「そこまで(気性が)悪いわけじゃないですよ」というから、不合格続きの件は忘れてよさそうだ。母ブエナビスタは乗った人がほとんど例外なく「乗り味が抜群、という馬ではないけど、走りだしたらすごかった」と評した馬。その点を踏まえてか「この馬も硬いところがあるんですよ」と池添学師。しかし、自ら坂路で乗ると評価が一変した。「動いたらこれがいいんですよ。めっちゃいい」
記者はお母さんの大ファンだったので、このコメントだけでも目頭が熱くなる思い。しかも、「これからの調教次第ですが、お母さんと同じくらいのデビューになりますかね」とのこと。伝説は愛娘にも受け継がれるのだろうか。こちらも前出のアンセム同様、温かく見守ってほしいものだ。