▲師弟対談の後編、矢作調教師から中谷騎手へ愛ある叱咤激励が飛ぶ
『2016年全国リーディング 特別企画』
2014年以来、2度目のリーディングに輝いた矢作厩舎。調教師、ジョッキー、スタッフ、門下生らのインタビューから、“厩舎力”に迫る特別企画。今週は、矢作芳人調教師、坂井瑠星騎手、中谷雄太騎手の“師弟対談”の後編です。
美浦からデビューし、厳しい状況を打破するために栗東へ移籍した中谷騎手。そこで手を差し伸べたのが矢作調教師でした。所属騎手ではないものの、中谷騎手と矢作調教師はまさに事実上の師弟関係。師からの愛ある叱咤激励が、中谷騎手の何よりの原動力となっています。
(取材・文:不破由妃子)
(前編のつづき)
「自分を変えたい」雄太のその思いを買った
──中谷ジョッキーは、2015年の5月に美浦から栗東に正式に移籍。先生は移籍前からずっとサポートをされていましたが、何かきっかけがあったんですか?
矢作 雄太は、関係者の食事会とか飲み会になぜかいつもいてね。「お前、いつもいるな」みたいな感じで話をするようになって。その流れで「1か月だけ手伝わせてください」ということになり……それから何年経ってんだよ(笑)。
中谷 お世話になっております(笑)。でも、先生が受け入れてくださらなかったら、僕は今、ここにこうしていないので。さっきの瑠星の話じゃないですけど、先生は人の人生を変えられる立場にいるんだなと改めて思いましたね。
矢作 俺のスタンスは、「来る者は拒まず」だから。それに、「乗せてやるから来いよ」って言ったわけじゃないもんな。「手伝いたい」っていうから、「別に来るのは構わないよ」って。
中谷 そうでした(笑)。それで調教を手伝わせてもらうようになったんですが、1か月じゃ何も変わらないなと思いまして。何より、乗せてもらえなくてもここにいたい、先生ともっと仕事をしたいという思いがあったんですよね。2014年の年明けの開催が中京→小倉→中京だったので、せめてその3か月は手伝いたい、その間にどうにかして関西馬に乗れないだろうかと。で、そこから居座っちゃいました(笑)。
▲「先生ともっと仕事をしたいと思って、1か月のつもりが居座っちゃいました(笑)」
矢作 「窮鼠猫を噛む」だよ、きっと。あの頃の雄太は追い詰められていたんだよ。だからこそ、力を発揮できたのかなって。
中谷 確かに騎乗数も減って、1勝もできない年もあったくらいですからね…。
──先生は中谷ジョッキーのどんな思いを買われたんですか?
矢作 それはね、「自分を変えたい」という思い。おそらく、美浦にいるころは相当悪かったんだろうね(笑)。だって腕はあるんだもん。それなのに乗せてもらえなかったということは、絶対に本人に問題があったはず。ただ、
環境を変えることで人間も変わることがあると俺は思うから。
▲「腕はあるのに乗せてもらえなかったのは、本人に問題があったはず。ただ、環境を変えることで人間も変わると」
──中谷さんにとっては、人生が変わる決断でしたよね。
中谷 本当にそうです。矢作厩舎を手伝わせてもらうようになって、これまでこんなに仕事に熱中したことはなかったことに気づきました。今はもう、朝起きるのが楽しみで仕方がない。とにかく仕事が楽しい。仕事ってこんなに楽しいんだなって。
矢作 それは俺も雄太を見ていて思うよ。やっぱり、結果が出始めると仕事は楽しくなるからね。ただ、雄太はいつも俺のおかげって言ってくれるけど、そこは雄太自身の努力があったからこそ。毎週火曜日に(ノーザンF)しがらきに乗りに行っていることもそうだし、そういう努力の賜物だと思うよ。