◆歴代の好時計勝ち馬はいずれもクラシックで活躍している 馬なりの
ファンディーナ(父ディープインパクト、母ドリームオブジェニー)が歓声の中をゴールすると、スタンドにも、記者席にも、ちょっと静かな時間が訪れた。
やがて「ザワザワザワ…」「ザワザワザワ…」。うねりのように、ケタ違いの牝馬のレースを目の前で見てしまった驚きが人びとに広がった。
9馬身差の独走を決めた新馬戦の内容と、2戦目は意識的にひかえて進み、最後の直線を推定「10秒5-10秒5」で楽々と勝ったファンディーナが、断然の1番人気に応えて勝つシーンを確信した人びとは多かった。でも、4コーナーでちょっと気合を入れただけで先頭の
ドロウアカード(武豊)をあっというまに交わし去ったファンディーナが、さすがにここまでの強さを秘めているとは想像していなかったのである。
中山1800mを1分48秒7(上がり34秒9)は、表面上はたいした記録ではない。しかし、3コーナーあたりから前を捕まえに行こうとするファンディーナを、岩田騎手は「そんなに真剣に走ろうとするな。まだ動くな」、ずっと軽くブレーキをかけ通しだった。復活した岩田康誠騎手の冷静な騎乗を称えたい。天才牝馬に負担をかけてはならないことを新馬戦に乗って分かりすぎるほど分かっていた。
少し「行こう」の合図を送ったのはスタート直後と、4コーナーにさしかかった一瞬だけ。それで激しい2着争いを展開する後続に5馬身差。1分48秒7は、中山で行われたフラワーカップレコードだった。これまでの最高記録は2006年のキストゥヘヴン(桜花賞、京成杯AH、中山牝馬S)の1分48秒9であり、2番目は2005年シーザリオ(オークス、アメリカンオークス)と、1989年フリートーク(桜花賞3着、クイーンC)の1分49秒0だった。4番目の1分49秒1は2002年のスマイルトゥモロー(オークス)である。この時期だから最初から高速レースではない。そんななかで速い時計はクラシックを勝つ馬なのである。
「おいおい、ソウルスターリングを押さえて桜花賞候補ランキング1位だな」という声が上がったところに、レース後の談話を取材に行った記者が帰ってきた。「オーナーサイドも、高野友和調教師も、だれも桜花賞のことなんか少しも触れていないぞ」
「そうだよな、3戦連続して意識的に1800mだけに出走してきたんだ、東京2400mのオークスだよなぁ」。「ン、東京の2400mって、オークスのことじゃないんじゃないの…」
レースが終わったばかりの段階では、陣営の次走の展望は明らかにされていないが、展望記事を書かなくてはいけない取材記者の、陣営のムードを察知する感覚は鋭い。
3戦3勝となった牝馬ファンディーナは、今年の男馬相手なら…などということではなく、このあとの目標を日本ダービーとする可能性が高い。レース展望で、ファンディーナはシーザリオ(桜花賞2着→オークス1着)のイメージが重なるなどとしたが、それはフラワーCだからであり、ウオッカ(桜花賞2着→日本ダービー1着)のほうが近いかもしれない。時代が変わり、彼女が先鞭をつけた日本ダービーに直接向かう手があるのだった。
迫力のファンディーナは、驚くほど聡明である。初の遠征競馬など平気だった。馬体減もなく、初コースも気にしなかった。パドックに入った最初のうちは見慣れない場所とファンの熱気に戸惑い、チャカついて小走りになるなど、レース前の消耗が気になる仕草もあった。だが、状況を飲み込むと、たちまち冷静さを取り戻した。レース後の記念撮影にはクラブ所属馬の重賞勝ちなので、ずいぶん多くの関係者が狭い中山のウィナーズサークルにひしめき合った。
みんなが並ぶと、高野調教師が勝ち馬を真ん中にしようと、人びとを寄せて空けたスペースは心配になるくらい狭かった。ファンディーナはまだ3回目なのにもう優勝馬の口取りの写真撮影を理解していた。会員の方々は落ち着かないが、ファンディーナは会員たちを気づかうように静かにポーズを取ってみせた。
驚くべき牝馬は、ノーザンダンサーを送ったナタルマ(1957、父ネイティヴダンサー、母アルマームード)のファミリー出身であり、5代母レイズザスタンダード(父ホイストザフラッグ)は、ノーザンダンサーの17歳下の半妹になる。母ドリームオブジェニーはナタルマ直系の牝馬でありながら、父方の4代前がノーザンダンサー。父方も、母方も、意図的に同じ系統の組み合わせで牝馬ナタルマの「5×5」。この名門ファミリーの送った大種牡馬デインヒル(父ダンツィヒ)は、もっと強烈な同系繁殖が狙いでナタルマの「3×3」であり、昨年から一気に日本で知られることになったサトノダイヤモンドの母の父になる種牡馬オーペン(父はダンツィヒ直仔のルアー)は、やっぱりナタルマの牝系出身で、その祖母が、ファンディーナの5代母と同じくレイズザスタンダード。種牡馬オーペンはナタルマの「4×3」である。
また、一族の送る名種牡馬マキアヴェリアンは、ナタルマの父ネイティヴダンサーの強いクロスがベースの配合である。
ノーザンダンサーが代表するナタルマの一族には、父と母を同系統にすることによってナタルマの血を伝えようとしている馬が多い。世界中に似た血が散らばっているのが現代とはいえ、日本でサトノダイヤモンド(母方はアルゼンチン←USA)の大活躍と、内面に同じような独特の血が流れるファンディーナ(母方は仏←USA)の出現は偶然なのだろうか。
種牡馬となったディープインパクトは、最初は自身に似た産駒を多く送り出すように映ったが、最近は、らしくもない力強くたくましい産駒が目立つ気がする。多くの成功種牡馬は、ずっと似たようなタイプの産駒ばかりを輩出しているわけではない。サンデーサイレンスも、ステイゴールドもそうだった。
これまでの多くのディープインパクトの牝駒とは、体つきも、受けついだ良さも異なるような印象を与えるファンディーナは、日本ダービーに挑戦するような気がする。谷川牧場の牝馬ドリームオブジェニーには、これまで種牡馬ヴィクトワールピサが2回も交配されている。
現4歳牡馬ナムラシングン(父ヴィクトワールピサ)の血統図を、netkeibaのデータベースで検索し、種牡馬マキアヴェリアン(赤字)と、クードジェニーの全兄妹クロスを熟視していると、なぜ谷川さんがひらめいてヴィクトワールピサを選んだのか、そして正解だったのか、理解できるような気がしてくるかもしれない。