▲9月18日の阪神11R、仲秋Sでの事案を考察 (C)netkeiba.com
近年、一般のスポーツでビデオ判定導入の動きが広がっている。早かったのはテニスだが、日米のプロ野球やサッカー、ラグビーと枚挙にいとまがない。テニスや野球の場合、ビデオ判定が競技者側からの異議(チャレンジ)に連動する場合もあり、「審判の判定は絶対」という原則は揺らいでいる。主催者側が判定の確認に使用する場合もあるが、かつてのような審判の権威は失われて久しい。
ところが、昔からビデオで判定しているはずの日本の競馬にあって、相変わらず審判の権威は絶対に近い。判定が覆らないのが、何よりの証拠である。国内の競馬では1992年に降着制度が導入され、94年には不服申立(アピール)制度の運用も始まったが、申し立て自体が00年以降に9件あっただけで、全て棄却された。2年に1回程度しか申し立てがないのは、「やる前から結果は見えている」という関係者の意識を反映した結果だろう。
「量刑不当」を申し立てた中谷騎手
そんな不服申立制度が、約5年3カ月ぶりに作動した。9月18日の阪神のメーン競走、仲秋ステークス(芝1400m)で3位入線したペガサスボスの中谷雄太騎手(38、栗東)が他馬の進路に影響を与えたとして、事後に4日間の騎乗停止処分を受けた。処分に対し、同騎手は「重すぎる」として不服を申し立てたが、JRAは3日後の21日に裁定委員会を開き、申し立てを棄却した。史上9件目の申し立てだったが、お決まりの結果だった。
今回の申し立ての特徴としては、13年に導入された新裁決ルール導入後初の事例であった点、趣旨が「量刑不当」であった点――の2つが挙げられる。問題の場面は直線で、ペガサスボスが外に膨れ、まずロイヤルストリート(5着)に接触。両馬はいったん離れるが、再び接触寸前となった。2度目もペガサスボスの斜行が原因かに見えたが、パトロール映像を見ると、ロイヤルストリートもやや内に寄っており、この部分だけは一方のみに帰責事由があるとは言えない事例だった。
今回の申し立ての趣旨は、「量刑不当」である。13年の新裁決ルール導入に伴い、降着や失格はほぼ「抜かずの宝刀」となった。以前の当コラムでも言及したが、コース上の問題で、責任がないと思われる馬主や調教師、厩務員にまで累が及ぶ降着や失格のような処分をやたらに振り回さないのは、それ自体、理にかなっている。
ただし、ラフプレーの抑止力は事実上、騎手への処分しかなくなるため、新ルール下では騎手への処分が全般的に厳しくなったとされている。旧ルール下では「降着=騎乗停止」で、着順変更がなければ過怠金というのが「公式」だったが、現在は旧ルールで降着とするか否かの境界事例も含め、2日の騎乗停止が多用されている。悪質なラフプレーの場合は期間が4日となる。
だが、問題の仲秋Sは、素人目に「4日は厳しいかも?」と思わせる事例だった。2度目の接触もペガサスボス側の責任なら話は別だが、JRA審判部もこの部分は「双方の動きの結果」としている。少し派手な単発の接触で4日の騎乗停止は意外な感もあった。
中谷騎手は「自分は目をつけられていた」と主張する。レース後、周囲の騎手に「(処分が)4日になる」と“予言”したと話す。告げられた側は「(過怠金)5万円では?」と応えたという。同馬の矢作芳人調教師(栗東)は「中谷は決して“行儀の良い”騎手ではない」と認めつつも、「今回の処分は“合わせ技”だったのでは。そういう例は頻繁にある」と話す。この点についても筆者は中村嘉宏・審判担当理事に確認したが、「あくまでも今回の件に限定した処分」と述べた。
見えない審議過程
不服申立を受けて、9月21日に東京・六本木のJRA本部事務所で裁定委員会が開かれた。終了後に出てきたのはペーパー1枚である。中身と言えば5項目めの「裁定の概要」のうち、「ペガサスボスがスペースの無いところで外側に進路を取ったことにより、ロイヤルストリートの能力発揮に甚大な影響を与えており、走行妨害であることは明らかであることから、開催日4日の騎乗停止が相当である」という部分だけである。
この一文の問題は、申し立ての趣旨への回答になっていない点にある。中谷騎手は走行妨害の有無について争う意思はなく、量刑を問題にしている。棄却するにしても、量刑事情に対する言及が全くないのは、意思疎通をしようとする意思がないと表明しているのに等しい。
走行妨害の程度と制裁の軽重の間に、定量的な基準はない。簡単に説明できないと思うが、申し立て側も10万円の保証金を出している。「なぜ2日ではなく4日なのか」について、考え方が伝わるように委曲を尽くすのが筋だろう。
もう一つ、中谷騎手と矢作調教師が不満を示したのは、審議過程が全く不透明な点である。