気骨あふれる野中師が大いに期待 グレイル獣医も驚く心臓/吉田竜作マル秘週報
◆生まれてから最後まで見届けられるのが調教師という仕事
松田博資元調教師が、よくこう言っていた。
「自慢じゃないが、俺は馬主さんに馬を“買ってください”と頭を下げたことはない。“預かってくれ”と頼まれた馬を走らせて、楽しんでもらうのが仕事だからな」
いろいろ誤解を受けそうな言い回しだが、要は「俺は請け負う形でいい」が、この名伯楽のスタンス。「馬を選ぶのは馬主の楽しみ」という基本線を崩さず、それでいて「頼まれた馬は早めに見て、危なっかしいところなどは先に説明しておく。そうでないと、馬主も“どうして急に、おかしくなった”ってなるだろ」と“アフターケア”を怠ることはなかった。
これとは対照的だったのが伊藤雄二元調教師。「生まれ落ちた瞬間に、その目を見て“走る”と確信した」というエアグルーヴ誕生にまつわるエピソードに象徴されるように、自らが見初めた馬をオーナーに提示し、買ってもらうことを「調教師の仕事」として組み込んでいた。
名伯楽2人のスタイルの違いは優劣をつけるものではないのだろうが、一個人として、よりやりがいがありそうに感じるのは後者。自ら生産にも携わり、生まれた馬を預かり、そして鍛える…。実にロマンに満ちた仕事ではないか。
ご存じの通り、現在の調教師を取り巻く環境は、名伯楽2人の時代とは大きく変化した。よりシステマチックな“請負型”が当たり前になってきたが、一方では「牧場の関係者もトレセンのスタッフも、それぞれ、そこでしか馬を見られない。そんな中にあって、生まれてから最後まで見届けられるのが調教師という仕事」という強い自負を持ったトレーナーも、まだまだいる。
2歳世代が好調な滑り出しを見せている野中調教師も、その中の一人。今でも忘れられないのは、開業当時にしてくれたこんな話だ。
「どうして地位も名誉もあって、お金に不自由しないドバイの王様が、たかだか競馬に躍起になっていると思う? 競馬には言葉や文化を超えた、人を引きつける魅力があるからなんだよ」
野中調教師は熱意だけではなく、実行力も伴ったトレーナーだ。開業してからも毎年のように“馬術大国”ドイツに渡り、最先端の技術や装具など、取り込めるノウハウを自らの目で確かめ、厩舎の技術向上に心血を注いできた。
「今年は、まだ行けてないけどね。(英国の)タタソールズのセリの時に寄れたら、寄りたいと思っている。そういうところがウチらの生命線だから」
厩舎の勝ち星は先週終了時点で19勝。これは昨年の年間23勝超えを十分に狙える数字。積み上げてきたものが、着実に形になって表れている。振り返れば、POG関連の取材では、決まって「まだまだ。よそに比べたらね」と返ってきたのが、今年は「まあ、揃ったよ。楽しみだね」と、例年とは明らかに違っていた。“素材”の質も、また確実に上がったのだろう。
中でも、好メンバーが顔を揃えた22日の京都芝内2000メートル新馬戦を、ゴール前で差し返す2歳馬離れした内容で勝ち上がったハーツクライ産駒グレイル(牡)は、今から来春が楽しみだ。
「まだ緩いところがある段階。しかも不良馬場で厳しい競馬になったからね。反動を心配していたが、今のところどうもない。それどころか、獣医は“レースを使った後の心臓じゃない”と驚いていたよ」(野中調教師)
このまま無事に調整が進めば、GIII京都2歳S(11月25日=京都芝内2000メートル)に向かうプランもあるという。ほかにも素質馬が多数エントリーされるこのレースを突破すれば、一気にクラシック候補へと名乗りを上げることに。今の野中厩舎なら、この素質馬をしっかりと支え、来春のクラシックまで戦い抜くことができるはずだ。
気骨あふれる野中調教師に大きな期待を寄せられているグレイルの今後に注目してほしい。