▲もう一度“ゾーン”を経験するために、それぞれが準備をしていること
馬に乗っていて、演技をしていて…それぞれ、いわゆる“ゾーン”に入った経験があると言います。「意識的に入れる人がいたとしたら」「最強ですよね」と口をそろえたふたり。それでも“ゾーン”に入るには、絶対に準備は必要だと言います。一流の騎乗ができるように、演技ができるように、日々どんな準備をしているのでしょうか? (構成:不破由妃子)
(前回のつづき)
“泣く”演技を求められたときのために準備していること
福永 お互いに正解のない世界で戦っているわけだけど、僕でいうと、ごくたまに“今、ものすごく馬と一体になれた”という感覚を得られることがあって。近年でいうと、ジャスタウェイのドバイデューティフリー(2014年)とか。
東出 あのレースはすごかったですねぇ。
福永 追う動作には、たとえば馬の首を押すにしても“力を使っている感覚”が基本的にはあるものなんだけど、あのときはなんていうのかな…、チェーンの外れた自転車を漕いでいる感じというか。
東出 なるほど。お互いに負担になっていない感じですね。
福永 そうそう。それまでは、いわゆる一体感の正体を今ひとつ掴めずにいたんだけど、「馬の極限のスピードを本当に引き出せたときって、こんなスカスカな感じになるんだ」というのを、あのレースで初めて感じることができてね。以来、ずっとその瞬間を求め続けているんだけど、実際にそういう動きができる馬が少ないのもあって、なかなか再現できないんだけど。
東出 役者の世界でも、よく“ゾーン”というものがあると言います。僕も少しだけですけど、その“ゾーン”を経験させてもらったことがあって。やっぱりそういう瞬間は、同業者から見るとわかるらしく、「あのとき(ゾーンに)入ってたでしょ?」って言われましたね。僕もそれ以来、あの瞬間をもう一度味わいたいといつも思ってるんですけどね。
福永 そもそもゾーンと言われる領域は、意識して入れるものではないと僕は思っているけど、そのゾーンに意識的に入れる人がいたとしたら…。
東出 最強ですよね。緻密な計算の上にゾーンを引き寄せられるとしたら、それ以上の強味はない。
福永 うん、すごいことだよね。僕らの場合、「あの馬とは相性がいいよね」とか「今日は調子がいいよね」とか言われることがあるんだけど、僕自身は「相性」や「調子」という概念が好きではなくて。勝った負けたをそれで片づけてしまう人間は進歩がないと思うし、やっぱり個々の馬の力を意識的に引き出せる騎手、馬に合わせていける騎手がいい騎手だと思うから。役者さんもね、さっきのゾーンを感じたようなときって、自分の本質に合った役だからたまたまハマったのか、それとも意識的にハメていけたのかで全然違うと思うんだけど、やっぱり自分に合う合わないっていうのはあるの?