日本の競馬界で主役を張りつづけてきたキタサンブラックが、今週の第62回有馬記念を最後に引退する。国民的スターホースのラストランとなるイブの有馬記念は、「キタサンの、キタサンによる、キタサンのためのグランプリ」となるのだろうか。
個人的にはそうなってほしいと思っているのだが、しかし、その願いと同じくらい大きな怖さを、何頭かのライバルに感じさせられる。
なかでも、キタサン派の私の目に脅威と映るのは、今年のダービーで2着になったスワーヴリチャードだ。
父ハーツクライ、母ピラミマ、母の父アンブライドルズソングという血統。半兄のバンドワゴンも早い時期から強さを見せていたが、この馬にはそれ以上のやわらかさと俊敏さがある。
今年の3歳世代が「強い」と言われるようになったのは、この馬が古馬相手のアルゼンチン共和国杯を2馬身半差で快勝したことも大きかった。
ダービーでコンマ1秒差だったレイデオロがジャパンカップで2着になり、キタサンに先着したことも、この馬の力が通用することを間接的に証明している。
7戦3勝2着3回と安定した成績をおさめながら、唯一着外(6着)になったのが皐月賞だったので、中山を不安視する声もあるが、力をつけた今なら問題なさそうだ。その皐月賞にしても、どこかに痛いところがあったのか、最後の直線でなかなか手前を替えなかったが、1周目のスタンド前や向正面ではちゃんと替えていた。
もしスワーヴリチャードが今年の有馬記念を勝てば、「有馬記念がGI級レース初勝利となった3歳馬」として、1975年イシノアラシ、1983年リードホーユー、1988年オグリキャップ、1997年シルクジャスティスに次ぐ5頭目となる。
時代の古い順に見ていくと――。
1975年のイシノアラシは、ダービー5着、セントライト記念優勝、菊花賞4着と、世代上位の成績を残していた。それでも、天皇賞馬フジノパーシア、前年の二冠馬キタノカチドキなど、一線級の古馬相手の有馬記念では7番人気という低評価だった。にもかかわらず、闘将・加賀武見の手綱で、2着フジノパーシアを2馬身突き放してグランプリホースとなった。
1983年のリードホーユーは、史上3頭目の三冠馬ミスターシービーと同世代だった。旧3歳新馬戦を勝ったあと、5戦目の400万特別で2勝目を挙げた。京都新聞杯で2着となって出走権を獲得した菊花賞はミスターシービーの4着。次走、初騎乗の元祖天才・田原成貴にエスコートされ、4角先頭の強い競馬で有馬記念を制した。3勝目が有馬記念というのは最少記録で、重賞勝ちが有馬記念だけというのもこの馬しかいない。なお、この有馬記念が「競馬界の玉三郎」と呼ばれた田原にとって初のGI級勝利であった。
1988年のオグリキャップは、この年に笠松から中央に移籍。3月のペガサスステークスから10月の毎日王冠まで重賞を6連勝した。古豪タマモクロスとの「芦毛対決」となった天皇賞・秋で2着に敗れ、次走のジャパンカップでは3着に終わったが、名手・岡部幸雄を鞍上に迎えたこの有馬記念で、GI初勝利を遂げた。武豊の手綱で引退レースを勝つ「奇跡のラストラン」は、2年後、1990年の有馬記念だ。
1997年のシルクジャスティスは、ダービーで二冠馬サニーブライアンの2着となり、秋は京都大賞典で古馬をくだし、菊花賞5着、ジャパンカップ5着という成績で有馬記念を迎えた。1番人気マーベラスサンデー、2番人気エアグルーヴ、3番人気メジロドーベルに次ぐ4番人気。主戦の藤田伸二を背に、頭差の勝利をおさめた。
直近のシルクジャスティスでも20年前という事実が、3歳時に有馬記念でGI初勝利を挙げるのがいかに難しいかを示している。
それでも、今年のスワーヴリチャードは、同じダービー2着馬のシルクジャスティス以上のスケールを感じさせる。また、シルクジャスティスは有馬記念が秋5戦目だったのに対し、こちらは今年5戦目、秋2戦目と、余裕たっぷりのローテーションで来ている。
鞍上が、年間GI最多勝を狙うミルコ・デムーロというのも怖い。
そして、出走馬16頭のうち10頭を占めるノーザンファームの生産馬というだけでも買いたくなる。
母系はパワー型なので、この時期の馬場はドンと来い、だ。
書いているうちに、キタサンブラックとこの馬の1点勝負でいいような気がしてきた。
迫力がありすぎて声も出せないような、すごいレースになってほしい。
そして、すべての馬に、無事に戻ってきてもらいたい。(文中敬称略)