▲年明けに京都競馬場で行われた引退式でのキタサンブラック (C)netkeiba.com
昨年暮れの有馬記念を制し、見事引退の花道を飾ったキタサンブラック。JRAのGI7勝は史上最多タイの記録、通算獲得賞金の18億7684万3000円はテイエムオペラオーを超えてJRA歴代1位に。まさに歴史に名を刻んだキタサンブラック。その活躍の立役者こそが黒岩騎手です。デビュー前から引退まで調教を担当してきた黒岩騎手が、肌で感じてきた名馬への道のりとは? (取材:東奈緒美)
これはまたデッカイ馬が入ってきたな(笑)
東 清水久詞厩舎の調教を手伝うようになったのはいつ頃からですか?
黒岩 たしか7〜8年前、先生が開業2年目くらいの頃だったと思います。
東 どういったきっかけで?
黒岩 人手が足りなかったようで、手伝ってくれる人を探していたところ、ちょうど僕がフラフラしていたから、騎手クラブを通じて「暇じゃない?」「暇です」みたいな(笑)。だから、清水先生に直接お話をいただいたわけではないんです。
東 そうだったんですね。トウケイヘイローの調教も担当されて、2013年のダービー卿CTでは、厩舎に重賞初タイトルをもたらしました。
黒岩 僕は騎手ですから、追い切りによく乗っていたんですけど、トウケイヘイローもそのなかの1頭で。いい馬でしたね。
東 あの馬を通して、厩舎の信頼を勝ち得たのでは?
黒岩 ん〜、どうなんでしょう(苦笑)。今でこそ、スタッフのみなさんに「黒岩はちゃんと乗ってくれる」と認識してもらっている自覚はありますが、もともと清水厩舎はいい馬が多いですからね。だから、僕の力とかではなく、当たり前のことを当たり前にすれば、おのずと結果が出てくるというか。それを自分の力だなんて思ったら、その時点で終わりですからね。今もそうですけど、悩みながら、答えを探しながらやっているほうが楽しいですし。
▲「自分の力だなんて思ったらその時点で終わり。悩みながら答えを探しながらやっているほうが楽しい」
東 馬の能力が前提にあり、そこからスタッフたちのリレーが始まって結果につながると。
黒岩 そうですね。全員がそういう意識を持って取り組まなければ、絶対に結果は出ないと思うので。
東 さて、2015年の1月末にキタサンブラックがデビュー。デビュー前から跨っていたとのことですが、当時はどんな馬だったんですか? たしか、それほど注目を集める存在ではなかったような…。
黒岩 そうですね、まったく注目されていなかったと思います(苦笑)。最初の印象も、「これはまたデッカイ馬が入ってきたな」みたいな(笑)。乗り味自体はなかなかよくて、いい馬だったんですよ。でも、大きくて緩いものだから、坂路を上がっても自分の体を支え切れていない感じで、「これはまだまだ時間が掛かるな」という印象でしたね。
東 乗っているなかで、とくに気を遣った点というと?
黒岩 いや、そういうのはそれほどなかったです。ただ、最初は本当に緩かったので、ちゃんと体を使えるように、まずはしっかり歩かせることを意識しました。性格的に難しいタイプではなかったですし、大変だった印象はそれほどないですね。
東 新馬戦、500万、スプリングSと3連勝を決めたわけですが、その頃にはだいぶ緩さも解消されていたんですか?
黒岩 いえ、緩いままでしたよ。新馬戦を勝ったときも、担当の厩務員さんと「勝っちゃったね」なんて言いながら、ビックリしていたくらいですから。夏を越したらよくなってくるんじゃないか…という感覚でいたので、まさか重賞まで勝ってしまうなんて。
東 そうでしたか。緩いままでの快進撃だったんですね。
黒岩 はい。馬体的には本当にまだまだで、こんな状態で重賞が獲れるのかと。ただ、そういった状態で勝ったことによって、逆にポテンシャルは相当高いなと感じましたね。
東 実際、馬体に変化があったのはいつ頃なんですか?
黒岩 それはね、間違いなくセントライト記念から菊花賞のあいだです。そこで激変したんですよ。もともと大きかったのに、さらに成長して牧場から帰ってきたから、セントライト記念を使う前はけっこう重目残りだったんです。そんな状態でセントライト記念を勝って、そのあとになんていうんですかね…、馬体がめちゃくちゃ引き締まってきて。「激変したな」と思いましたね。
東 古馬になってからも主要GIを連戦したわけですが、一番調整が難しかったレースというと?
黒岩 ん〜、最後の3連戦のときかなぁ。やっぱり宝塚記念のことがありましたからねぇ。
東 あのレースは、まさかの9着で…。
黒岩 はい。だから、最後の有馬記念は、少しでもいいから上り調子にあるなかで持っていきたいなと思ったんです。もちろん、それを考えたのは清水先生ですけど、僕も意識的にはまったく同じでした。最後にいい結果を出してあげたいと思って。
▲有馬記念の1週前追い切りにまたがった黒岩騎手 (撮影:大恵陽子)
▲追い切り後に話し合う(左から)黒岩悠騎手、清水久詞調教師、武豊騎手 (撮影:大恵陽子)
東 そういった厩舎一丸の想いが見事に実を結んだわけですね。それにしても、デビューから20戦、ハイレベルなレースをケガもなく戦い抜いてきたこと自体がすごいことではないですか?
黒岩 めちゃくちゃすごいことだと思います。なにがすごいって、これだけの結果を残しつつ、無事是名馬を地でいきましたからね。故障をしないというのも、ひとつの能力だったなと。
東 走りのバランスがいいと聞いたことがありますが、それもケガがなかった要因かもしれませんね。
黒岩 それもそうですし、やっぱり脚元も丈夫でした。攻め量でいえばね、ほかの馬に比べてかなりハードだったと思うんですよ。距離もかなり乗っていたし、追い切りの本数も多かったですからね。そういった調教に耐えつつ、長距離も含めてずっとGIで戦い、最後まで走り抜いた。この強さこそ、ブラックの最大の能力だと思いますね。
(次回へつづく)