贔屓のスマイルジャック(セン13歳、父タニノギムレット)の娘たちに、久しぶりに会ってきた。
「長女」はブラーミスト(母ラブインザミスト、浦河町・三好牧場生産)、「次女」はスマイルベティ(母ブーティー、むかわ町・上水牧場生産)と名づけられている。2頭とも2歳。スマイルが種牡馬として残した産駒は、この2頭のみである。
2頭は今、日高町の「ベーシカル・コーチング・スクール(BCS)」で、競走馬としてのデビューを目指し、乗り込まれている。
BCSは、1200メートルの坂路コースと一周800メートルの屋内馬場、60以上の馬房を有する育成場である。スタッフは、アイルランド人の場長以下18名。国道から海側の静かな道に入り、牧場事務所を訪ねると、代表の高橋司さんが迎えてくれた。
「2頭とも順調です。特に難しいところはなく、当歳のときから見て経過を追っていますし、入厩もスムーズでした」
「長女」ブラーミスト。2016年3月18日生まれ。三好牧場生産。黒鹿毛。美浦・小桧山悟厩舎に所属予定。
「長女」のブラーミストは10月下旬に入厩し、11月からブレーキングを開始。2週間ほどでブレーキングを終えたあと、3〜4週間リフレッシュさせた。
「あまりにも小さくて可愛らしかったので、成長を促すことにしたんです。従順で物覚えがいいので、乗り出しがあとになっても問題はないと判断しました」
小さく出ることが多い初仔で、牧場での愛称が「ラブちび」だった。成長度合いに合わせて調教を始めることになったのだ。
「次女」スマイルベティ。2016年5月17日生まれ。上水牧場生産。黒鹿毛。美浦・小桧山悟厩舎に所属予定。
「次女」のスマイルベティはブラーミストよりひと月以上早い9月中旬に入厩し、同下旬からブレーキングを始めて10月上旬に終了。こちらも、ブレーキングのストレスを抜いてリフレッシュさせるため、ひと月ほど休ませた。休みといっても、ブレーキングを忘れないよう調馬索運動をしたり、ロンジングで回すなどし、それから調教をスタートしたという。
すべての馬が、このようにブレーキング終了から調教開始までリフレッシュ期間を設けるわけではないとのこと。
「うちでは2つのことをテーマとして育成に取り組んでいます。ひとつは馬の感情を大事にすること。もうひとつは、入厩してブレーキングから調教までの過程を大事にすることです。馬の個性を把握してからブレーキングや調教を始めているので、どうしても乗り出すまで時間がかかってしまう。それを調教師さんや馬主さんたちにご理解いただいています」
1996年の開場(この地に移ったのは2002年)当初からともに仕事をしている元騎手のパット・ブレディ場長がアイルランド人であることから、BCSでの育成は基本的にアイリッシュ方式になっている。
「背中に人を乗せる限り、馬たちは絶対嫌な思いをします。それでも、人に御されることに忌避感を覚えないようにすることが大切だと思っています」
パット・ブレディ場長(左)と阿部伸二厩舎長とブラーミスト
今は基礎体力をつける時期。毎日、ウォーキングマシンで50分ほどウォーミングアップしてから屋内の調教コースに入り、20分から25分ほどダクを踏む。そのあと、800メートルのコースを3周、つまり2400メートルを1ハロン20秒ほどのキャンターで回る。今は坂路コースにはダクで入っているだけだが、徐々に坂路での調教のペースを上げていくという。
2頭に乗っている阿部伸二厩舎長はこう話す。
「2頭ともヤンチャな面はありますが、手がかからない馬です。お父さんと同じように、走っているときの首の位置は低めですね。それに、やわらかくて、機敏です」
スマイルベティはカメラに興味津々。生まれて4日目に会ったときもそうだった。
現在の馬体重は、ブラーミストが450キロほど、スマイルベティが480キロほど。
「どちらももうちょっと大きくなってほしいですね」と阿部さん。ブレディさんは「4月か5月にまた見に来てください。もっと大きくなっていますから」と微笑む。
馬房から顔を出すブラーミスト。父譲りの流星が前より目立つようになった。
当歳のとき三好牧場の三好悠太さんが言っていた、ブラーミストの「人ずき」のよさは、阿部さんによると、今もそのままだという。
「スマイルジャックの産駒がこの2頭しかいないことを知って、大切にしなければ、という気持ちが余計に強くなりました」
ブラーミストは、三好牧場にとって大切な血を有している。4代母チヨダクインの産駒に、同牧場生産で1983年の天皇賞・秋を制したキョウエイプロミスがいる。天皇賞馬が出た母系の血をつないでいるのだ。
サンシャインパドックでくつろぐスマイルベティ。
スマイルベティは、前に会ったとき以上に顔や仕草が父に似てきた。父と同じく右目の鼻先に近い部分に、三白眼とまでは行かないが、ちょっと白目がある。上目づかいに顔を斜めにしてこちらを見る表情なんか、そっくりなので驚いた。
昨年、叔母の娘のモズカッチャンがエリザベス女王杯を勝ったことにより、スマイルベティは「GI馬の従姉妹」になった。なお、モズカッチャンは、BCSと同じ調教施設を使う、別の育成場の出身だという。
「2頭ともキャンターのフォームがよくなっています。前進気勢があって、走ることに対して前向きでいいですね」と高橋代表。
ここBCSで育成された「卒業生」には、2007年にガーネットステークスを勝ったスリーアベニュー、2013年と14年に最優秀障害馬となったアポロマーベリック、小桧山厩舎のエトルディーニュ、キャベンディッシュなどがいる。
一流種牡馬の産駒ばかりでなく、シングンオペラやアポロキングダムといった、メジャーとは言えない種牡馬の産駒も数多く育成してきた。業界全体において、そうした馬の入着率や勝ち上がり率がいいのもBCSらしさだという。
「それらを含めて、今年の3歳世代の結果が順調なことから、今後の活躍に期待しているところです。不可能とは知りつつも、預かった全馬が勝ち上がることが永遠の命題だと思っています」
スマイルジャックの娘たちがいつ美浦トレセンに移動するかは未定だが、ここまで順調に来ていることは確かだ。
育成馬として頑張るブラーミストとスマイルベティの今後を見守りたい。