▲連載終了から3か月、ダービージョッキーとなった福永騎手が再び語ります
福永祐一騎手のダービー制覇を記念いたしまして、『祐言実行』が限定復活します。公開は19日、20日の2日連続。前編の今回は、ダービーに挑むまでの戦いの軌跡です。無傷の3連勝で迎えた弥生賞では、ダノンプレミアムを捕まえられずに2着。その結果を踏まえて挑んだ皐月賞でしたが、いつものように動けず7着。そこで気付いた自身のなかの“過信”。ダービーへの決意を新たにした福永騎手。そして陣営も、軽めの調整から一転、攻めの調教へと方向転換しました。
彼のひと言は、たしかに背中を押してくれた
98年のキングヘイローから始まった長い長い挑戦──18回の敗戦を経て、今年ようやくダービーを勝つことができた。
GIを勝った翌週のトレセンでは、大抵みんなから「おめでとう」と声を掛けられるのだが、以前四位さんから「ダービーだけは違うよ」と聞いていた。実際、「おめでとう」の言葉とともに求められたのは握手。ひとりひとりと握手を交わしながら、改めてダービーというレースの重みを噛みしめた時間だった。
さらに驚いたのが街中でのこと。普通に歩いていたら、信号待ちをしていた車の窓がスーッと開いて、まったく知らない人から「おめでとう!」と声を掛けられた。今までにはなかったことなので、こういった反響の大きさひとつをとってもやはりダービーは違う。自分自身の感情も含め、それは聞きしに勝るものだった。
ワグネリアンについては、新馬戦を勝ったときからこのコラムで言及してきたが、2戦目、3戦目とレースを重ねるごとに前進気勢が強くなり、距離が延びることについては正直不安もあった。そんななか、テンションがピークに達したのが、休み明けで迎えた弥生賞。折り合いも含め、レース内容は収穫のあるものだったが、結果はダノンプレミアムを捕まえられずに2着。この日の精神状態を思うと、改めて能力の高さを感じた一方で、テンションについては課題が残った一戦だった。
そういった経緯から、あまり強い負荷を掛けずに向かった皐月賞。その効果はてきめんで、当日のワグネリアンはすごく落ち着いていた。「これなら…」という思いとともに、ダノンプレミアムが回避したことで自信を深めた自分は、中山2000mでは強引ともいえる直線に賭ける競馬を選択。それでも勝てると思った。しかし結果は、いつものように動けず7着。3コーナーから早めに踏んでいったが、前を捕えられなかったばかりか、最後は後ろからきた馬にも差されてしまった。
▲ダノンプレミアムが回避した皐月賞、制したのは戸崎騎手のエポカドーロだった (撮影:下野雄規)
「敵はダノンだけじゃない」。そこで自分のなかにあった“過信”に気付き、次は皐月賞のような強引な競馬はできないことを悟った。陣営も、軽めの調整から一転して攻めの調教へ方向転換。ダービーまでの間、自分は一切乗らなかったが、それも厩舎サイドの計算であり、(藤岡)康太を乗せて強い負荷を掛けていたのも考えがあってのことだ。
そんなギリギリの調整を目の当たりにし、調教助手の大江くんからも「今回はバシッと仕上げました。祐一さん、今度は攻めてくださいね」とひと言。彼も自分が皐月賞で置きにいく競馬をしたことをわかっていたし、そういうことを臆せずに言い合える仲。彼のひと言は、たしかに背中を押してくれた。
▲「祐一さん、今度は攻めてくださいね」この言葉が背中を押してくれた
「ダービーは攻めなければならない」。枠順が出る以前から心は決まっていたが、それにしてもまさか8枠に入るとは…。前目のポジションを取りに行って、そこで折り合いを付けるか、あるいは出たなりで中団から後方を進んで、外を回して差してくるか。選択肢はその2つに限られた。自分の予想としては、スローからミドルペースになる可能性が8割。となると、後者は現実的ではなく、壁を作れずに掛かってしまうことも覚悟の上で、スタートから出していくことに決めた。
最初のコーナーで行きたがったが、ある程度は想定内。実際、一瞬で減速することができたものの、しばらくは力みが取り切れず、ようやくリラックスできたのはコズミックフォースの後ろに入れることができた向正面の半ばだった。ポイントとなったのは(池添)謙一(ブラストワンピース)の動き。向正面に入って謙一が内に進んでいったことでスペースができたのだが、ワグネリアンを相手として意識していたら、絶対にスペースを与えなかったと思う。
4コーナーでは、そのブラストワンピースの手応えが抜群で、謙一が一瞬、外にいた自分のほうを見たのがわかった。外に出すべく、自分の手応えを確認したんだと思うが、そこでスペースを与えるわけにはいかない。謙一との距離を測りながら、隙を与えないように冷静に進路を取った。
そこから残り200mくらいまでは至って冷静で、なかなか前との差が詰まらず、「ダメか…」と諦めの境地に入りかけた。が、そこからはもう無心。“必死”とも“がむしゃら”とも違う、無の状態でひたすら馬を追った。20年以上レースで騎乗してきて、あんな感覚は初めて。ほんの数十秒だが、何も見なかったし、何も聞こえなかった。
▲「ほんの数十秒だが、何も見なかったし、何も聞こえなかった」と福永騎手 (撮影:下野雄規)
ゴールした直後、背後から「祐一さん! 祐一さん!」という(川田)将雅の声が聞こえた。追いついたところで右手を差し出てきた将雅。今思えば、1番人気で敗れた直後になかなかできることではないと思う。それこそスポーツマンシップであり、後輩ながら本当に大したヤツだ。
将雅と握手はしたものの、どこか体全体がフワフワしていて、全然力が入らなかった。だから、情けないことに馬を止められず(苦笑)。心身ともにクタクタだった。そんな状態だったからか、高松宮記念のウイニングランでビッグアーサーに落とされたことを思い出し、ものすごく警戒しながらスタンド前に戻ってきた。
それくらい気持ちの面では冷静だったのだが、ファンの歓声に迎えられた瞬間、急に込み上げてくるものがあった。そのときの感情は、今でも言葉で説明することはできない。ゴール前200mもそうだが、20年以上馬に乗ってきて、一度も味わったことのない時間だった。
(文中敬称略、後編へつづく)
■
『YU-ICHI ROOM』■
福永祐一騎手のオフィシャルコーナー。最新ニュース、騎乗スケジュール、注目馬…“福永祐一”のすべてがここに!