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スカーレット一族の先祖対決とオジサンの役割

  • 2018年07月19日(木) 12時00分


 名牝スカーレットブーケが7月12日に死亡した。30歳だった。

 父ノーザンテースト、母スカーレットインク。全姉に、4歳牝馬特別を勝ったスカーレットリボンがいる。

 自身の成績以上に、産駒の素晴らしさで脚光を浴びた。

 特に、第7仔ダイワメジャーと第10仔ダイワスカーレットの活躍は目ざましかった。2007年にはダイワメジャーが安田記念とマイルチャンピオンシップを制し、ダイワスカーレットが桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯を優勝。有馬記念こそ兄3着、妹2着と涙を呑んだが、「今年の年度代表馬はスカーレットブーケです」と朝日新聞の有吉正徳さんがメールをくれたほど、勢いがあった。

 いわゆる「スカーレット一族」の「祖」はスカーレットインクであるから、スカーレットブーケは、しいて言うなら「中興の祖」か。

 スカーレットブーケは、現役時代、同い年の女傑シスタートウショウと3度、直接対決をしている。シスタートウショウの全姉エナジートウショウの第2仔タニノシスターの第4仔がウオッカだ。つまり、シスタートウショウは、ウオッカの大叔母にあたる。

 のちにダイワスカーレットとウオッカはライバルとして数々の名勝負を繰りひろげるわけだが、両馬が初対決する16年前、それぞれの母と大叔母が激突していたのだ。

 初対決は1991年のチューリップ賞。1番人気の角田晃一・シスタートウショウが勝ち、2番人気の武豊・スカーレットブーケが2着。2戦目は桜花賞で、4番人気のシスタートウショウが優勝、3番人気のスカーレットブーケは4着。3戦目はオークスで、1番人気シスタートウショウは2着、3番人気スカーレットブーケは5着。

「先祖対決」は、ウオッカの大叔母シスタートウショウの3戦3勝だった。

 なお、ダイワスカーレットとウオッカは5度、直接対決(ウオッカが出走取消となったエリザベス女王杯を除く)し、ダイワスカーレットが3勝2敗と勝ち越している。

 スカーレットブーケは、桜花賞とオークスとの間に、千田輝彦現調教師を背に、4歳牝馬特別に出走した。この年まで存在していた単枠指定となり、1番人気の支持を得たが2着に惜敗した。落ち込んでいた千田師に、京都の割烹料理店で会った作家の伊集院静氏は、彼を励ます言葉をマジックで風船に記してプレゼントした。千田師はそれを大切に飾っていたのだが、やがて空気が抜けてしわしわになり、何が書いてあったか読めなくなってしまったという。

 このとき彼は、騎手になって4年目だった。所属していた伊藤雄二厩舎の二冠牝馬マックスビューティ、ウイニングチケットなどの仕上げに関わったことが、騎手として、そして今は調教師としての財産になっている。そんな彼が騎手として重賞初勝利を挙げたパートナーがこのスカーレットブーケで、舞台は1992年2月2日の京都牝馬特別だった。

 私は、伊集院氏から風船をもらったという話を千田師自身から聞いた。

 そして、これまで何度も人に話したり、コラムに記すなどしてきた。いつ、どこで、誰に、どんなふうに話したり書いたりしたかは、もちろん覚えていない。

 同じ話を何度も聞かされたり読まされたりした人もいるだろうが、なかには初めてという人もいると思う。2度目や3度目の人は、聞き流すなり、読み流すなりしてもらえると嬉しい。

 なぜ、中年になると、何度も同じことを言うようになるのだろう。若いころは、自分のことではなく、仕事で会うオジサンたちに関してそう思っていた。

 20年ほど経った今、自分のこととして考え直すと、以前はわからなかった答えが見えてくるようになった。

 ひょっとしたら、オジサンが同じことを言うのは、それが世代間のコミュニケーションに必要だからではないか。つまり、神様が、オジサンという生き物を、何度も同じことを言うようにつくったのではないか。

 何度も言われると嫌でも覚える。うるさいからある程度距離を置こうとする。オジサンは、そうされるべき存在なのだろう。

 今も札幌の実家にいる。父をいったん退院させ、庭木の剪定に立ち会い、業者に排水溝の詰まりを直してもらい、網戸を張り替え、伯父に家系図を渡してから帰京する。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。バナーのポートレート撮影は桂伸也カメラマン。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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