「決してフロックではない、実力で勝った」ことを証明するには/AJCC
もし勝てば少し古いファンが喜びそうな42年ぶりの記録
79回の歴史を持つ菊花賞を、史上最少のキャリア3戦で勝ったフィエールマン(父ディープインパクト)は、同時に史上初めて距離経験1800mまでしかない型破りな菊花賞馬だった。
そのフィエールマンが今回はまた、ここまで59回の歴史を持つアメリカJCCでめったにない記録に挑戦する。
前年の菊花賞馬が有馬記念などに出走せず、ひと息入れ、次走に1月のアメリカJCCを選んだケースは史上3頭だけ。73年タケホープ(1着)、75年コクサイプリンス(2着)、76年グリーングラス(1着)である。
かつて菊花賞は11月中旬だった。またアメリカJCCは中山2500m〜2600m、あるいは東京2400mの時代があり、完全な長距離区分。前出の3頭はすべて東京2400m当時の出走馬である。そういう背景があったから、有馬記念などに出走しなかった菊花賞馬が少し休み、アメリカJCCから始動することは自然なローテーションでもあった。
そのため、この形は古い時代に限られていたが、今回のフィエールマンは1976年のグリーングラス以来の「菊花賞→AJCC」出走であり、もし勝てば少し古いファンが喜びそうな42年ぶりの記録なのである。
また、「菊花賞→AJCC」を連勝した2頭には必勝の伏線があった。ハイセイコーに勝ったタケホープの菊花賞は6番人気。テンポイント、トウショウボーイに勝ったグリーングラスの菊花賞は12番人気だった。
だから、「決してフロックではない、実力で勝った」ことを証明するには、明けて4歳の始動となったAJCCは「負けてはならない」1戦だったのである。たまたまだが、フィエールマンの菊花賞も伏兵7番人気である。
フィエールマンの母の父グリーンチューンは、その父グリーンダンサー(72)、さらにその父ニジンスキー(67)。現在、あれだけ隆盛を誇ったニジンスキー直系の種牡馬群は世界でも少数派になり、日本ではほぼ消滅に近い状態であることは知られるが、グリーングラス(73)、タケホープ(70)の時代は、ニジンスキーの持ち込み馬マルゼンスキー(74)が出現し、世界に「ノーザンダンサー→ニジンスキー系」の波が押し寄せたころだった。
フィエールマンの母リュヌドール(仏産)の血統図にはグリーンチューンだけでなく、ファバージ→ラインゴールド(69)。さらにはマリーノ。輸入されたダンディルート(72)、ノーリュートなどの父リュティエの名前が並んでいる。日本風にいうともう古典の世界に近い血統図だろう。でも、母方の血統構成は古くとも、たった3戦の戦歴で菊花賞を勝ったフィエールマンは、明らかに現代だからこそ誕生したチャンピオンなのである。